湯葉日記

日記です

アパートの幌、ステテコ、伸びる花

2020/4/3

向かいのアパートの解体工事が3月から止まっている。トラックの幌みたいな布が建物全体をつつんだまま、風が吹くと向こうに四角い区切りが透けて見えるからたぶんあれは部屋。冬、請求書の宛名書きを4回も書き間違えたのがショックでベランダに出て泣いていたとき、おんなじくらいの高さの向こうのベランダからこちらを見てる人がいた。真夜中にパジャマ1枚で泣いている女、なにかしらの怪奇に見えたんだと思う。それから何度かその人を見たけれどいまはもういない。アパートには誰もいない。

 

昼はベーコンと小松菜と筍でパスタにした。食べ終わって取材の文字起こしをしていたら、鍋に残った茹で汁の湯気と朝方焼いたマフィンの甘いにおい、焚いていたお香の煙がワッと混じって部屋が熱帯植物園みたいになった。

熱帯植物園のことを考えるといつもMugenの歌詞を思い出す。「むせ返るほど熱を帯びて吹く風はあなたの髪も揺らしてますか?」、すごいいい歌詞。ひとと手をつなぐときもMugenのことを考える。冷えた指先を温めようと自分の両手を合わせてみても僕の悲しみが行き交うだけで、というフレーズのことを思うとき、いま私の手と先方の手のあいだで悲しみの交換がされている…と感じる。行き交うことはなんにせよ救い、それが悲しみでも、とも思う。風にひるがえっているものはうつくしい、たとえそれがステテコでも、って書いたの誰だっけ。思い出せない。眠くなって寝る。

 

おととい買ったチューリップがもうひらく。蕾のときはシルエットがあまりにも単純というか、絵はがき教室初心者クラスの課題みたいな花じゃん、要素すくな、と思っていたのだけど、ひらいた中身を覗き込んでみたら想像していたよりも花柱がグロテスクに黒ぐろしていて目が合いウワッと思う。2輪あるうちのうしろのチューリップなんてたぶんひと晩で2センチくらい伸びた。怖、伸びるなら先に言ってよ。