湯葉日記

日記です

1-1-1

1-1-1なんて住所は馬鹿みたいで忘れようがなかった。魔法のカードみたいな装飾が全面にあしらわれた真っ黒の玄関扉を見たとき、やっぱりここだという気持ちが確信に変わった。
 
扉をふたつ隔てた向こうでなにか喋っている母が見える。父はその隣で吹き抜けに植えられたでかい木を見あげている。父はいちど病気をしてからずいぶん無口になった。
 
不動産業者が私を呼んでいる気配がした。けれど彼女の声は彼女の足元の絨毯にぜんぶ吸い込まれてしまって、うまくここまで届かない。
 
 
****
 
 
そのひとがラインで送ってくるのは決まってゴルフか寿司の写真だった。
まれにゴルフゴルフ寿司、や寿司寿司ゴルフ、の日もあるけれど、基本的には交互にゴルフ寿司ゴルフが3日置きくらいでやってくる。それに「いいな~」と返信するのが私の役目だった。
 
自称縄師ということ以外、彼がなにをしているひとかはまるで知らなかったし興味がなかった。Facebookでは誕生日に友人たちから「社長」と呼ばれていたのでたぶん社長だったのだろう。
 
フグの白子の写真の次に、とつぜん東京タワーが送られてきた夜がある。
「どこのゴルフ場?」と聞くと、そのひとは「いまからこない?」と言った。
 
 
 
 
エレベーターを降りたらパーティーだった。
テーブルの上には寿司とピザとフルーツといろんなひとの名刺がばらばらに並べられて、誰かが割れたワイングラスを踊りながら片付けていた。窓からは写真より赤い東京タワーが見えた。
 
パーティーの主催の女性は、私が大学で脚本の勉強をしていると言うと喜んだ。
わたし脚本家よ、という彼女の書いたドラマはたしかに私も知っていた。だから連れてきてくれたのかと謎社長に聞くと、彼は「あんた脚本家だったの?」と心底驚いた顔をしていた。
 
 
ひとに酔ってしまって2階のロフトから下を見ていた。
ビリヤード台の端でなにかを巻いて吸っているひとが見えて、あ、と思うと、
 
「見ちゃだめだよ」
と彼がうしろから私の目を覆った。
その手がゆっくりと口まで下りてきて、近づいてきた顔が耳元で「こういう店なんだよ」と言う。
 
ドラッグのことなのかその行為のことなのかはわからなかったけれど、なにも言わずに顔を手で追い払った。
彼はつまらなそうに電話でタクシーを呼んだ。
 
 
****
 
 
子どもの頃、2回追突事故に遭っている。
1度目は3歳だった。冬の高速道路の上で、雪用のタイヤに替えていなかった車が滑り、スピンした。
車は高速道路の端にぶつかって止まり、乗っていた母も友人も私も無事だったけれど、母はいまだに「あんたはあのとき強く頭を打ったからこうなった」と言う。
 
2度目はふつうの道路で、急発進した車にうしろから当たられたのだった。
ナンバーがゾロ目の黒塗りのベンツからサングラスをかけた母が降りていくと、相手はびびって車の前で土下座した。私はそのとき大人が土下座するのを初めて見たから、その光景がドラマみたいに思えてしまって変だった。
 
 
いちど、母に「どうしてああいう車乗るの。友だちにシホちゃん家ヤクザの親玉って噂されてるんだけど」と聞いたことがある。
母は「次に事故ったときに死ぬ確率が下がる」と笑ったあと、まっすぐに私を見て言った。
 
「できるだけ強そうにしてなさい」
 
 
****
 
 
タクシーのなかで、「脚本だけじゃ食ってけないからあんな店やってるんでしょ」と彼は言った。
夜の首都高から見える景色はキラキラで可愛い。
シートベルトをぎゅっと握って、彼が座っている右側だけ追突されればいいのに、と思う。
 
 
 
部屋に着くと彼はやべ、と言い、「ごめん東棟だ。もうひとつの部屋行ってくる」と靴を履いた。
 
「東棟?」
「そう。ここが西棟。いまから行くのが東棟」
 
ついてっていい? と聞くと、彼は酔った顔でうなずいた。
 
「なんで2個あんの?」
「東はコンビニが真下だけど、西は東京タワーがすごい綺麗に見えるから」
 
 
****

 

 
不動産業者が部屋のドアを開けると、父はうわっと一瞬嫌そうな声を出した。
なによ、と母が言うと、「やりすぎじゃない?」と半笑いになっている。
スーパーラグジュアリーなんとかタイプのお部屋です、と業者の女性が言った。
 
女性の説明にうなずく母を長い廊下の端から見ながら、「どう思う?」と父が言う。
 
「私が住むわけじゃないから」
「パパたちがここに住むってイメージできる?」
「でもさ癌センターも近いよ」
 
父はうーんと唸って、それから黙った。
カウンターキッチンに立った母が窓を見て、「あら素敵じゃない」ととつぜん大きな声を出した。
窓の外を見て、ここは西棟だ、と思った。
 
 
 
****

 

 
ドアを開けると、鏡の向こうみたいにすべてが正反対の配置の部屋があった。
すごい、と笑いながら一歩足を踏み出すと、私の足になにかが当たった。
それがミキハウスの小さな靴だと気づいたとき、一瞬で血の気が引いた。
 
静かにしててね、と彼が靴を脱ぐ。
足元に転がる赤い靴を揃えながら、いまが帰るときだと突然、けれどはっきり思った。
 
「私帰るよ」
「え? いまゴムとってくるよ」
「いいよ。帰るよ」
 
踵を返してドアを閉めると、彼がふらつきながら追いかけてくる。
 
「帰んの?」
「帰るよ」
「ほんとうに言ってんの?」
 
立ち止まって、ほんとうに言ってるよと言った。
 
「好きだよ」
「ありがとう。私は一生あなたのことは好きにならない」
 
早口で言ってからびっくりした。
本音というのはこんなに嘘みたいに聞こえるものなのだと、私はそのとき初めて気づいた。
彼はそっかあと笑って、「タクシーチケット持ってくるね」と西棟に向かった。
 
 
 
酔った彼が外から窓ガラスにキスをしてきていた。
なにも言わない運転手とミラー越しに目が合って、「早く出してください」と言う。
運転手がナビに打ち込んだ住所を見て、もう二度とくることのない自分の現在地を知った。1-1-1。
 
 
****
 
 
母の運転する車に乗っている。
助手席で父は寝ていて、胸元に内見でもらった大量のパンフレットを抱えている。
 
母がちらりとこちらに目をやって、
「ねえ、あんたむかし高速の上でスピンしたの覚えてる?」
 
そんなむかしのこと覚えてるわけない、と私は言う。

もうどこかわからない駐輪場

真夏だけに着る黒いワンピースは熱を吸ってぎらぎらと光っていた。
足の裏が痛い。天ぷら、ステーキハウス、蟹料理の看板を立て続けに見送って、私たちはそれでも歩き続けていた。
 
梅田での仕事までの空き時間だった。
二日酔いの体を阪急電車のシートに預けていたらいつの間にか烏丸に存在していた私たちは、にぎやかな駅を抜け、大通りをふたつ越え、五条を目指していた。
いまどこにいるんでしょうねと言い合いながら、Google Mapを見ずに歩いた。
 
 
日差しが両腕を焼く。早く無敵になりたくて、通りの途中のローソンでアイスと発泡酒を買った。
食べるそばからアイスが溶けていくので手がベタベタになった。手を洗いたい、というか水に手を浸したら気持ちがいいだろうなと思って、「水にさわりたい」と急に言った。
 
「あーわかる、水にさわりて~」と言われてうれしくなる。
鳥になりたいとか一生恋人でいたいとかじゃない生理的な欲求への共感は嘘がない気がして、されると私はすぐにうれしくなってしまう。
 
 
「歩けば楽しい」と看板に書かれた細い通り道があって、楽しいほうがいいと思ってそこで曲がった。誰ともすれ違わないのをいいことに発泡酒をガンガン飲みながら歩く。
 
古いアパートの前で彼が唐突に立ち止まり、「ちょっと俺いっかい様子見てきていいすか?」と言った。
反射で爆笑してしまって酒がちょっとこぼれる。見てきて見てきて、と言いながら自分も入った。
 
 
すべての自転車が詰め放題の袋の野菜みたいに停められている駐輪場だった。
いちばん奥の自転車の上では蚊じゃない小さい虫が4,5匹、屋根の隙間から漏れた光に照らされてぐるぐると回っていた。
 
一歩進むと、自転車たちのうしろの地面に彼が座っていた。
少し手前に自分もしゃがみ込む。日陰に入ると、錆ときのうのビジネスホテルのシャンプーが混じった夏っぽい匂いがした。
 
 
すごくベタに高校のときの話をした。
彼は18のときに実家がなくなってしまったから、駐輪場にくると実家のことを思い出すという。
 
「俺たぶん高校のときにあなたがクラスにいてもなんの関心も持たなかった」と言われて笑ってしまった。
 仮にそうだったらなんか暗いやついるぞって思われてたんだろうな、いま仕事でこの人と会えてよかったなと思ったとき、
「だからいま仕事で会えてよかったですよね」と彼が言った。
 
「ほんとにね」と言いながらパトカーのサイレンが聞こえて、絶対自分たちなわけないのにちょっとびびる。発泡酒のプルタブをいじるのをやめて、しばらく通りのほうを見ていた。
 
 
駐輪場はさすがにすぐ出た。
いくつかの公園を抜け、寝具店の店先の鉢植えの写真を撮り、日差しに目をやるたびに好きなひとのことを思い出したりしながら、鴨川の裏の小さな流れにたどり着く。
 
木々の緑の下で川面がきらめいているのを見たとき、私はこの数秒をいつまで覚えていられるんだろうと思った。なんかわかんないけれど、駐輪場のことは忘れない確信があったから。
 
「生まれ変わったらこの川のきらめきになりたい」と彼が言った。
笑うところかちょっと迷ったけれど笑わなかった。

催眠術がとける日

自分は陽気だ陽気だと言い聞かせていたら最近、ほんとうに陽気みたいな感じになりつつある。
 
去年の夏に会ったのが最後の人と久しぶりに会うことになったとき、あの夏の自分がすごい笑う人だったのかそうじゃなかったのかがいまいち思い出せなくて、レバーを串から外して皿に並べたりしながら20分くらい様子見してしまった。
私たちの席にどこかからとつぜん爪楊枝が飛んできたとき、反射的に爆笑してしまって、そこからはしかたないので腹をくくって陽気の人になった。
その日から3週間くらい経ったのに、依然として陽気でいる。
 
 
 
むかし、たぶん小6のとき、深夜番組に出ていた芸人が「自分、ピーマン好きになる催眠術かかりっぱなしで生きてるんですよ」と言っていてエエッとなった。
その芸人はほんとうはピーマンを口に含むだけで泣いてしまうほどピーマンが苦手なのに、プロの催眠術師に催眠術をかけられたおかげで、それからずっとピーマン好きだと錯覚しているという。
 
聞いた瞬間、めっちゃ怖くて泣いた。催眠というものがそもそもかかりっぱなしで生きていけるものなのだと、できるなら知りたくなかった。
ピーマンだからまだ穏やかだけれど、それが仮に二足歩行ができる催眠術とかだったらどうなるんだろう。
 
何日か経った日の夜、夢のなかにピーマンの芸人が出てきた。
催眠術師にパチンと指をならされた次の瞬間、歩き方がわからなくなって顔から地面に倒れた彼を見て松っちゃんが笑っていた。
 
 
 
ここ数週間、コンビニのレジで「アッ……箸イラナッ…ス…」とか言ってないし、お酒がなくても人と喋れている。
えっ怖と思う。
たぶんまたすぐにどこかで無理スイッチが入って無理になると思うのだけど、仮にこれ、半年とか1年そうならないままだったらどうなるんだろう。
「乗り越えた人」みたいな顔してむかしのこととか喋るんだろうか。想像するとおぞましい。
 
 
いちど泳げるようになったらずっと泳げるとか、いちど働けたらずっと働けるとか、わりと嘘だと思う。
対岸にさえ着いてしまえばもうこちら岸に用はないみたいな顔してる人たち、みんな怖くないのかすごく不思議だ。
 
不意に大きめの「パチン」がきて、生というばかげた催眠術がとける日のことをずっと考えている。
ずっとその予行演習をしている。顔から倒れないように。

生活のためのメモその1

Evernoteでつけていた生活のためのメモがだいたい半年分溜まった。

生活のためのメモというのは、日々暮らすなかで「こうしたほうが生活がちょっとよくなる」と思ったことを覚えておいて、iPhoneでちまちま打っていたメモのことだ。

ずっと溜めていたら増えてきたので、せっかくなのでブログに載せておく。

 

 

買っておくといいもの 

 

どこでもベープ 120日用

春がきたら部屋で最初の蚊を見る前にamazonで買う

 

アイスの実

普段はそんなに好きじゃないと思うけど飲んで帰ってきたときに冷凍庫にあるとうれしい

 

・バナナ4、5本

あらゆるスムージーの底に入れる

 

・コンタクト

クーポンの日を待っていても消費リズムが合わないので待たずに買う

 

・冷凍ほうれん草

万能

 

・プレーンヨーグルト(加糖)

健康に留意している気になれる

 

 

覚えておくといいこと

 

・安いホットケーキミックスでホットケーキを焼いてもおいしくならない
 
・笑顔で謝ると相手によってはけっこう嫌な顔をされる
 
トイザらスのサイトでおもちゃのコスメを見るとたのしい(※)

トイザらスのサイトでおもちゃのコスメを見てから本物でメイクするとときめく
 
・知らない人たちが自撮りしようとしているのを近くで見ていると「撮ってくれますか」となってしまうのでじっと見ない

・フォントで迷ってもとりあえず書き出したほうがいい
 
・灯油のトラックの音楽が悲しいので近所に来たらイヤホンをする
 
・涙は塩水なので泣いた跡をそのままにしておくと肌が荒れる
 
・まぶたが痙攣するときは我慢しないで寝たほうがあとあといい
 
・ゲームで使う名前をしほりんに設定しているとオンライン対戦で恥ずかしい
 
・この人のこういうとこ好きだなと思ったら急でもその場で言ったほうがいい
 
・ルンバが動いているときソファに私が座ってしまうとソファのたわみで通れなくなったルンバが尻の下で死ぬ
 
・剥くのが面倒な柑橘(※)は食べないので買わない
(※……はっさく、伊予柑夏みかん
 
・これ言ったら失礼かなと迷ったら言わない
 
・ちょっと面倒でも折り畳み傘を持っていくとあとあといい
 
・弱っているときにアイドルソングを聴かない
 
・リアル脱出ゲームはちょっと高いかなと思うけど行くとすごいたのしい
 
・実家に帰るときはコンタクトいらないかなと思っても念のため持っておくと泊まれる
 
あずきちゃんの話は通じないのでしない
 
・呼び込みくんの話は通じないのでしない
 
・話しているとき相手の後ろを見ると理由がなくても相手は気になるのでしない
 
・電車で苦しくなったら真上か真下を向くと周りから人がやや減る
 
・一度見ると通知が消えるSNS(※)のメッセージは見たら返す

(※DM、Messenger)

 
・花見とカラオケは率先して楽しんだほうがあとあといい

・ソファで寝ていたら元号が発表されていたので次の改元のときは起きておく
 
 
 
 
また増えたら書く。

知らない人とパフェを食べた日

赤の他人とロイヤルホストでパフェを食べたことがある。

 

ログインすることがめっきり減ったミクシィを久しぶりに開いたその日、受信箱に知らない人からメッセージが届いていた。

突然ごめんなさい、驚かないでくださいという短い前置きのあと、メッセージはこう続いた。

 

心の準備はいいでしょうか? つまり、見ず知らずの俺たちですが、一緒に芝居を観に行きませんか?というお誘いなのです。

 

送り主はハルヤというハンドルネームの男性で、35歳だといった。知り合いの俳優から彼が出演する芝居のチケットを2枚譲り受けたが、公演はわずか2日後で誘えそうな友人がいない。試しにミクシィで芝居好きな人を探してみたところ、私を見つけたのでこのメッセージを送っている、という。

文章の最後に、『凄い金魚』という芝居のタイトルと、劇場の場所、開演時間が添えられていた。

 

一読して怪しいメッセージだと思ったが、その唐突さと、「はっきり言って芝居がおもしろいかはわかりません。つまらないかもしれません」という言葉の率直さが妙に気になり、いいですよ行きましょうと返事を書いた。

「近年まれに見る奇跡っていう感じです」という返信がすぐに来て、私たちは土曜日にその芝居を観に行くことになった。

 

 

待ち合わせにやってきたハルヤことスダさんは、想像していたより童顔で小柄だった。20代に見えますね、と私が言うと、シホさんも20代に見えるよと彼が言った。

 

とはいえ、スダさんと並んで歩くと私は明らかに子どもだった。もし知人に会ったら、シホさんのことは芝居好きな親類だと紹介させてほしい、というようなことを劇場の階段を上がりながら言われて、それを快諾した。

関係者受付の前を通るときはちょっとソワソワしたが、特に誰にも何も言われないまま私たちは席についた。

 

芝居の内容は正直あまり覚えていない。当時の日記を見返しても、その日の話はどこにも残っていない。

誰かの葬式を舞台にした一幕ものだったような気がするけれど、出演者全員が黒い服を着ていたからそんな風に覚えているだけなのかもしれない。

ただ、記憶が間違っていなければ、「人間が人工的に作りあげた哀れな観賞魚」と金魚のことを呼ぶシーンがあった。ちょうど金魚を使ったインスタレーションなんかが流行っていた時期だったので、その台詞だけが後々まで印象に残った。

 

終演後、出演者に見送られながら劇場をあとにするとき、スダさんが気まずそうに「演劇部に入っているいとこで……」と私のことを説明しているのが聞こえた。なんだか申し訳なくなって物販で脚本を1部買い、勉強になりました、と毒にも薬にもならない感想を伝えた。

 

 

いちど自己紹介しようか。駅の近くのロイヤルホストで、向かい合ったスダさんは真面目な顔でそう言った。

「いとこのシホです」

「演劇部の?」

うなずくと、それきりもう彼はなにも詮索してこなかった。演劇部のシホさんはなに食べる? と聞かれて、チョコレートパフェを注文した。

 

広告制作会社で働いているとスダさんは言った。コマーシャルとか作ってるんですかと尋ねると、コマーシャルの10倍地味な仕事想像してみて、実際はその想像の10倍地味だからと言う。

私が頼んだパフェが運ばれてくると、よくそんなでかいの食えるねと笑われた。その顔が若干、昔憧れていた俳優に似ていることに気づいてからは目が見られなくなった。

会話は少なく、スダさんはコーヒーを飲みながらずっとドリンクバーの方向を見ていた。意味不明な夜だと思った。

 

どうして私にメッセージくれたんですか。帰り際、たまらなくなって尋ねると、「演劇と、あとスガシカオが好きだってプロフィールに書いてたから」とスダさんは言った。

スガシカオ

スガシカオ好きなんですかと聞くと、「斜陽」が特に好きだよと言って、その曲を何フレーズか口ずさんでくれた。

ああ、いいですよね斜陽。いいよね、それに「19歳」も好き。

 

その言葉を聞いて少し迷って、私もうすぐ19歳なんです、と白状した。

スダさんはさして興味もなさそうに、「そうなんだ、本当はもう少し下かと思った」と言ってちょっと笑った。

 

 

日付が変わる前に家に帰った。親はもう寝ていたが、劇場でもらったチラシは念のためゴミ箱に捨てた。

スダさんとはそれから一度も会っていないけれど、ロイヤルホストの前を通ることがあると、ごくまれにあの日のことを思い出す。

練馬の公園のベンチにさえ席順はある

大学名を早慶に変えると埋まってたはずの説明会の日程が全部○になるとか、あの子陰キャのくせに急に目頭切開してきたよねとか、地方に単身赴任してるお姉ちゃんが早く結婚しろって親に言われて病みかけてるとか、そういう話のなにもかもが一気に無理になった時期があって、家を出て授業に行くふりをしてずっと公園にいた。練馬の。大学4年のときだった。

 

マウンティングとかスクールカーストとか選民意識とかそういうのぜんぶ超いやと思ってそういうの気にしない人とだけ仲良くしてたのに、意外と一歩「外」に出るとそういうのはまだまだあって、絶望しかけていた。

 

 

自分がそんなシステムの中にいることを一時でも忘れたくて、ランチパックを買って練馬の駅の近くの公園のベンチで昼過ぎからボーッとしていた。

見ていたら、ふつうに座ってるだけで鳩がすごい寄ってきちゃうおじさんがいて、どういうしくみなんだろうあれ、動かないのがコツなのかとか思いながら時間をつぶすのは至福だった。

 

 

月、火、水と3日間公園にいたら気づいたことがある。

月曜、私がなんとなく時計台のそばのベンチに座って足を伸ばしていたら、こっちを見て「チッ」という顔をする女性がいた。60代くらいで、ひとりで来ているらしかった。

 

翌日、私が別のベンチでランチパック(ピーナッツ)を食べていたら、その60代女性がまた来て、きのう私がいたベンチに座った。彼女はこっちを見て、前日とは打って変わってニッコリほほえんだ。

 

水曜、その女性と、別の知り合いらしき女性がきのうと同じベンチで談笑を始めたときにようやく、「ああ、私が最初に座っちゃったのはあの人の席だったんだ」と思った。

そのまま2時間くらい本を読みながら公園にいたら、犬の散歩の人たちやお年寄り、ホームレスの人たちなどが入れ替わり立ち替わりやって来てはにこやかに会話をしているのに気づいた。

 

そうか、練馬の公園にもコミュニティはあって、コミュニティがあったら当然「席順」もあるんだな、とわかったのはそのときだった。

そのとき突然、高校生のときに河原で花火をしようとしたら、その河原に住んでいるらしき男の人が私たちのところに近づいてきて、「花火やるなら〇〇さんに許可とんないと」と説教をしてきたのを思い出した。

 

〇〇さん、は地域のそういう管理をしている人とかではなく、河原に住むホームレスの人たちのリーダー的な人だと彼は言った。

どうしてここにいない人に私たちが花火していいかどうかを決める権利があるんだ、だいたいこの河原は花火OKのルールじゃんと私は思ったが、あれはたぶん、独断でOKしてしまったら、声をかけてきた彼があとから「〇〇さん」に怒られるからだったんだろう。

 

 

 

どうやら私たちは人がたくさんいる場所で生きている限り、席順とか上下関係とかカーストとかそういうのから逃れられなくて、あーもう本当に馬鹿みたい、人を仕分けしてなにが楽しいの? と思うんだけど、たぶん無意識のうちに自分もそういうことをしている。

 

先週から行ってるジムにはヨガのプログラムがあって、私は最初にその教室に入ったとき、クラスを仕切ってるっぽい40代くらいの女性(教室に入ってくとみんなその人に「おはようございますー」と最初に言う)に「はじめて?」と聞かれ、異常に愛想よく振る舞ってしまった。たぶん、「この人に嫌われたらこのクラスに居づらくなる」という勘が働いたのだ。

 

結局私はそれじゃない、もうちょっと生徒同士が会話しない感じのサバついたクラスを選んで通うことにしたけれど、そのくらいの打算は私にもある。

 

 

 

そういうのすべてから逃れて生きていきたいけど人と会っちゃう限りは無理で、諦めて割り切るしかないんだよなと大学の頃ぶりに悩んでいた一昨日、好きなバンドのライブのライブビューイングがあった。

 

豪雨で中止になってしまったライブの振替公演のような立ち位置のライブビューイングで、中止にならなかった1日目の映像と、中止になってしまった2日目に演奏するはずだった曲の生ライブが合わせて配信された。

 

映画館で、ビールを飲みながら友達ふたりと並んで見た。左隣にはひとりで見にきている女性がいて、時折、彼女の席から「グスッ」と鼻をすする音が聞こえた。最初はそれを抑えるようにしていた彼女が、ライブ映像が進むにつれて、嗚咽する声やキャーという黄色い声を全開にしていくのが印象的だった。

反対側の隣に座っていた友達は、(彼女自身がよくそう喩えるのだけど)南国の鳥みたいな「ギャッ」「ゥグッ」という声を上げながら映像を見ていた。

 

ライブを見ているうちに、「あ、生きててよかった」とナチュラルに思った。いま好きなバンドの歌に体を揺らしているこの時間はなによりも幸せで、この映画館にいる人たちみんながそれぞれのかたちで幸せを噛み締めていて、それは嗚咽だったり咆哮だったり南国の鳥だったりするけど、誰もそれをキモいとかうるさいとか思う人はいなくて(当たり前だ)、むしろ美しく、この瞬間がいつまでも続けばいいのになと思った。

 

 

ライブビューイングが終わったあと、映画館のあるパルコのカフェで鶏そぼろ丼を食べながら、もうひとりの友達が「音楽がね、好きなんだよね」と言って笑った。

わかる。音楽、いいよねえと思った。音楽に体を揺らす最高な瞬間は永遠には続かないんだけど、その瞬間だけがこの、なかなかにイヤな世界の中で、たしかに私たちを生かしているんだと思った。

忘れちゃいそうになるけど、それをずっと覚えていたい。

いつかくる最後のことをいつも考えている

大好きだったアーティストの舞台に初めて行った高1の夏休み、ひどい雷雨で帰りの電車が止まった。仕方なく、一緒に行った友達と劇場近くのマックに入って運転の再開を待った。

舞台は、正直に言えば期待していたほどには面白くなかった。それでも、憧れの人がついさっきまで通路を挟んで目の前のステージに立っていたという記憶は、私を興奮させるには十分だった。

舞台が明転した直後、手品のように現れた主演の彼が、最初の台詞を言う前にスッと短く息を吸い込んだこと。長袖の衣装のあいだから一瞬だけ見えた肌が真っ白で、照明に照らされた手首の血管がうっすらと緑色に浮き出て見えたこと。

そういった細かいことを友達にワーッとぶつけていると(すごいいい子だったので嫌がらずに全部聞いてくれた)、携帯にようやく運転再開の知らせが入った。傘が意味のないくらいの大雨に打たれながら下北の駅まで歩くと、改札前で駅員がスピーカーを持って乗客にこう呼びかけていた。

「雷雨のため臨時ダイヤで運行しております。次にくる電車も、本来のダイヤには載っていない列車でございます」

思わず、友達と顔を見合わせた。

「めっちゃ恥ずかしいこと言っていい? なんかいまのアナウンス魔法みたいじゃない?」と私が言うと、「思った! めっちゃ魔法!」と彼女が笑った。

時間の表示だけがぽっかり空いた電光掲示板を見ながら、今日みたいな夜が死ぬまで続けばいいけど、たぶん私は今日をいずれ思い出せなくなるんだろうな、と思った。

 

 

……という話をミクシィの日記に書いたのはもう10年前のことだ。私はいま、忘れかけている当時のことを、半年ぶりにログインしたミクシィに残されていた自分の文章と照らし合わせながらここに書いている。

当時の日記に、年上の友達から「臨時ダイヤごときで感動するとか、そういうの初めてなんだな」というコメントがついていた。

10年前の自分はそれに「そんくらい感動させてよ! 余韻余韻!笑」と返していて、若干イラついているのがにじみ出てしまっている返信で笑ったが、この日の私はたしかに「臨時ダイヤごとき」で感動したのだ。

 

 

5年前、10年前にはたしかに感じたことを、最近少しずつ忘れていく。

15歳くらいまで、自分の人生の最初の記憶はディズニーランドに一緒に行った「青山のおばさん」がシンデレラ城前でアイスクリームを私のベビーカーに落としてしまったことだと覚えていたけれど、いまはもうディズニーランドも、落ちたアイスクリームも、ついでに言えば「青山のおばさん」が何者だったのかも思い出せない。

思い出す回数が月に1回から半年に1回になって、1年に1回も思い出せなくなって、ついには忘れてしまう。それが嫌なので、なにか久々に思い出す出来事があると、「ああ、あの日のことを思い出すのは今日が人生で最後かもしれないな」といちいち想像して噛みしめる癖がついてしまった。

 

 

最後に母親におんぶをされたときのこともそうやって覚えている。小6で、本当はもうおんぶという歳でもなくて、母親にふざけ半分で重いよと自己申告しておぶってもらった記憶がある。

実家の玄関で母の背中によじり登りながら「これがたぶん、私が人生でされる最後のおんぶだろうな」と思ったら、うっかりすこし泣いてしまった。

月9ドラマの『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』に「私は新しいペンを買ったその日から、それが書けなくなる日のことを想像してしまう人間です」という台詞があったけれど、ああわかると思う。私はそうやって、いつかくる最後のことをいつも考えている。

 

 

もう見られない、と覚悟して見る光景はすべて美しい。2年前に別れた恋人と最後に会った日の夜、新宿西口の交差点を渡りながら見たビックエコーの看板は、人生で見たビックエコーのなかで一番きれいだった。コンタクトを外したときみたいに、雨でもないのにすべての色の光が丸く滲んで見えた。

ちょっと前に仕事でその交差点を通りかかったとき、あの夜の新宿が綺麗だったことをふと思い出して、「あ、忘れかけてる」と思った。今日これを書き終えたら、私はたぶんもうあの日のことを思い出さない。