湯葉日記

日記です

星になってしまった

朝起きたら体じゅうが熱かった。
もしかするとタイマーで切れるはずの暖房をつけたまま寝てしまったのか、と身を起こそうとして、初めて視界がぐらぐらすることに気がついた。熱だ。
会社に欠勤のメールを打って(退社の話をしたばかりだから気まずいのだけれど、体調ばかりは仕方ないと割り切った)、もう一度寝た。

10時過ぎに起きてもなお熱と腹痛があったので、近くの内科に電話した。病院にせよ美容室にせよ、予約の電話というものが凄まじく苦手だ。

 

「◯◯医院です」
「アッ!あ、しんりょ…診察……診察を……」
「ご予約ですか」
「よや、あの、今日……」
「当日予約でしょうか」
「アッ!?え、ええ……」

 

みたいになる。必ず。

今日は電話に比較的穏やかな女性が出てくれたので助かった。「アッ、」も2回位しか言っていないと思う。

どうせ近所の病院だ、とくたびれたニットとズボンを履く。玄関で母に「セレモニースタッフって感じね」と声をかけられ鏡を見ると、上下どころか靴も黒だ。セレモニーってお別れのか。さして気にせずに家を出る。

昨日の雪はほとんど溶けていて、空はカラッとしていた。マグリットの絵みたいに妙に概念的な雲が浮かんでいて、ぼんやりとそれを見ていたらコンビニの車止めにつまずく。

 

 

 

内科に着くころには何故か熱はすっきりと引いていて、気持ちよくない腹痛だけが残っていた。それを医師に伝えると、「お腹の風邪ではないようだからまあストレスですかね、風邪のお薬も出しておきますが」と煮え切らない診断をされる。

 

会計までの待ち時間に、川端康成の「掌の小説」を読む。川端が好きな作家かと訊かれたら特にそうでもないのだけれど、「片腕」とかああいう超短編は無性に読みたくなるときがある。

掌の小説のなかだと、「海」という短編が好きだ。すごいざっくり言うと、故郷の朝鮮に思いを残したままの女の子が、日本人の男に「夫婦になれ」と連れていかれる話。3ページほどの、いわばショートショート

特にストーリーがどうとかじゃなく、女の子が最後に言う
「私に海が見えないようにして連れて行ってね。」
という台詞が不思議に好きだ。

 

 

 

病院からの帰り、行きとは違う道を通る。ひとつ先の駅の目の前にあったバー(のようなもの)が潰れていた。
2回だけ行ったことのある店だった。お酒は冗談みたいに美味しくなくて、店員さんの声が大きすぎたことだけやたら覚えていた。

 

店の前を通るとき、新しい看板が見えた。「スナック 星」。
そっか、あの店は星になっちゃったんだな、と思いながら歩いた。まっ昼間なのに、「スナック 星」のネオンはぎらぎらと光っていた。