湯葉日記

日記です

「美しい物を見ろ」

土曜日。雪の予報。友人と「NHK短歌大会」の観覧に。
客席の年齢層はだいたい我々プラス50歳くらいで、全体的にあんかけみたいなとろりとした空気。妙に居心地がよかった。

一般の人の応募作品の中から大賞を決める大会。なので、ステージ上には選者の歌人と受賞者が並んで座っている。
遠くからでも、「背筋がやたらぴんとしてるほうが受賞者だな」と分かる(緊張するよね、NHKホールなんか)。

 

「理学部の軋む階段その奥に恐竜の骨静かに眠る」

という一首が特選のひとつに選ばれていて、いい歌だと思った。イメージのすべてが白銀色というか、セラミックって感じで。そんなことを考えつつ受賞者の言葉を聞いていたら、「私は歯科医師なんですが」と彼が言うので驚く。

 


特選歌の中だと、

「ただ一校除き三千余校みな負けねばならぬ高校野球

「草原のキリンのやうだ陽炎をスローモーションの少女がわたる」

「美しい物を見るといふ宿題を出されし少女と仰ぐさそり座」

この3首が特に好き。


会場を出るとき友人が「美しい物を見るという宿題って…」と絶句していた。たしかに、短歌にされるためにあるみたいな宿題だ。
「美しい物を見ろ」って言われたら、私だったら何を見るだろう。ひねくれているから風景は選ばない気がする。美しい物なんて見えないものの方が多いし。

 

 

会場を出て表参道に向かって歩きながら(寒かったからホットチョコレートが飲みたかった)、オタクは何かとお金がかかるという話や、ヒッチコックの鳥がトラウマだという話なんかをしていた。
原宿の交差点に差しかかったところで、「あの歌好きでしょ」と友人が不意に言った。あの歌というのは、

「十四歳何かと不思議メンデルスゾーン弾いたら涙が出たり」

という歌。ジュニアの部の特選歌。


たしかに私は好きだった。のだけど、なんだか恥ずかしくて口に出さなかったのだった。見透かされてるなあ、と思った。

友人は「でもいいなあ、こういう時期なかったから」と言う。私はいまだに歩道橋を歩いていて唐突に泣いたりする人間なので(情緒が発達しきっていない)、「そっかあ」としか返せなかった。
彼女は間違いなく感性豊かな人だから、そういう時期がなかったというのを不思議に思う。でも「泣く」ことと「感じる」ことが必ずしも同じライン上にあるとは限らないし、人が成長するにはいろんなルートがあるんだろう。おたふく風邪にかからないまま大人になる人もいるし。

 

リンツに入って、ふたりしてホットチョコレートを頼む。
「甘い」「幸せ」「甘い」「幸せ」と言いながら午後を過ごした。

 

 

帰ってきて、入選歌集をぱらぱらと読んだ。そのなかで印象的だったのを何首か。

「聞き役の君がゆっくりうなずけば教室は青い湖になる」

「一を聞き十を知るなどもったいない二から九まで順に知りたい」

「みなどこへ行ったのだろう静まった浜辺にドアが一つ落ちてる」

最後の歌の寂寥感が途方もなく好きだ。たぶん、どこにも陰を感じない歌なんか好きになれないんだろうと思う。人とおんなじで。