湯葉日記

日記です

チェロを作った夜のこと

17歳の私は池袋のロフトで買ったペーパークラフトを熱心に組み立てていた。
制服のセーターは脱ぎかけのまま、リビングの床に新聞紙を広げて。その上には50ほどのパーツが古道具屋みたいに所狭しと並んでいた。風呂上がりの父が部屋に入ってくると、ドアが起こした風で小指の先ほどのパーツがフワリと飛んだ。

「気をつけてよ」父を睨む。「なにしてんだ」「見てわかるでしょ」。キッチンから母が顔を覗かせて、「あんた昨日それ夜中までやってたでしょう。箸くらい並べなさい」と語気を荒げる。「いい、食べない」。私が言うと、母はため息をついて夕食の支度に戻った。

 


顔を上げると真夜中だった。ダイニングテーブルの上にはラップのかかった夕食が置かれていて、私の席の灯りだけがついていた。辺りはとても静かだった。

9分9厘完成したそれを持ち上げてみる。最後のパーツの接着剤が乾くまで時間がかかりそうだったので、夕食の皿を電子レンジにかけた。その橙色の光を見ていたら唐突に悲しくなった。涙がこみあげてきて、自分でもわけがわからないまま、キッチンの床にしゃがんでぽろぽろと泣いた。

出来あがった紙のチェロは、ロフトのショーケースの中で見た見本よりもやや威厳がなかった。あそこに並んでいたのが朝イチの姿だとしたら、私のは仕事帰りの地下鉄の窓にうつった姿くらいにはくたびれていた。それでも、遠目に見れば凝った作品と思えなくもなかった。
ためしに弓と楽器を演奏家のように抱えてみる。柔らかくチェロを構えると、本当に音が出そうで愛着が湧いた。あ、なんでもいいから楽器が弾きたい、と思ったけれど、近所迷惑なので諦めた。

 


「できた」。そう口に出したとき、もうすべて終わってしまったことがわかった。私はチェロをぐしゃりと握りつぶして、新聞紙に丸めて捨てた。

夜明けまで時間があったので、ベッドにもぐって日記帳を開いた。日記には、明日学校に行きたくないということと、キッチンで急に泣いたことを書いた。
チェロのことは忘れていた。

 

***

 

真夜中に急に文章が書きたくなって、高校のときのことを思い出して書きました。たしか今くらいの時期に「ペーパークラフトをつくる。つくらなければ死ぬ」と発作的に思い、ロフトで(バイオリンがよかったのだけど売り切れてたので)チェロのキットを買い、丸3日かけて完成させた夜のことです。

けっこう丁寧に日記をつけてた時期のはずなのに、あのペーパークラフトに関してはいっさいの文章が残っていません。だからできる限りの気持ちを思い出して書こう、と思ったのですが、いざ書き始めたら記憶がにょきにょきと解凍されてきて、そういえば急に台所で泣いたなとかあらゆることを思い出してしまい鳥肌が立ちました。

何度かここでも書いたように私は24にして感性が発達しきっていないのですが、16歳から17歳にかけての情緒不安定ぶりには目を見張るものがありました。記録し忘れたことがあってはもっと大人になってから後悔するような気がしたので、あのときの気持ちをなぞるようなつもりでこれを書き残します。自分でもよくわからないのだけど、これを書いている私はたしかに17歳の私です。