湯葉日記

日記です

知らない人とパフェを食べた日

赤の他人とロイヤルホストでパフェを食べたことがある。

 

ログインすることがめっきり減ったミクシィを久しぶりに開いたその日、受信箱に知らない人からメッセージが届いていた。

突然ごめんなさい、驚かないでくださいという短い前置きのあと、メッセージはこう続いた。

 

心の準備はいいでしょうか? つまり、見ず知らずの俺たちですが、一緒に芝居を観に行きませんか?というお誘いなのです。

 

送り主はハルヤというハンドルネームの男性で、35歳だといった。知り合いの俳優から彼が出演する芝居のチケットを2枚譲り受けたが、公演はわずか2日後で誘えそうな友人がいない。試しにミクシィで芝居好きな人を探してみたところ、私を見つけたのでこのメッセージを送っている、という。

文章の最後に、『凄い金魚』という芝居のタイトルと、劇場の場所、開演時間が添えられていた。

 

一読して怪しいメッセージだと思ったが、その唐突さと、「はっきり言って芝居がおもしろいかはわかりません。つまらないかもしれません」という言葉の率直さが妙に気になり、いいですよ行きましょうと返事を書いた。

「近年まれに見る奇跡っていう感じです」という返信がすぐに来て、私たちは土曜日にその芝居を観に行くことになった。

 

 

待ち合わせにやってきたハルヤことスダさんは、想像していたより童顔で小柄だった。20代に見えますね、と私が言うと、シホさんも20代に見えるよと彼が言った。

 

とはいえ、スダさんと並んで歩くと私は明らかに子どもだった。もし知人に会ったら、シホさんのことは芝居好きな親類だと紹介させてほしい、というようなことを劇場の階段を上がりながら言われて、それを快諾した。

関係者受付の前を通るときはちょっとソワソワしたが、特に誰にも何も言われないまま私たちは席についた。

 

芝居の内容は正直あまり覚えていない。当時の日記を見返しても、その日の話はどこにも残っていない。

誰かの葬式を舞台にした一幕ものだったような気がするけれど、出演者全員が黒い服を着ていたからそんな風に覚えているだけなのかもしれない。

ただ、記憶が間違っていなければ、「人間が人工的に作りあげた哀れな観賞魚」と金魚のことを呼ぶシーンがあった。ちょうど金魚を使ったインスタレーションなんかが流行っていた時期だったので、その台詞だけが後々まで印象に残った。

 

終演後、出演者に見送られながら劇場をあとにするとき、スダさんが気まずそうに「演劇部に入っているいとこで……」と私のことを説明しているのが聞こえた。なんだか申し訳なくなって物販で脚本を1部買い、勉強になりました、と毒にも薬にもならない感想を伝えた。

 

 

いちど自己紹介しようか。駅の近くのロイヤルホストで、向かい合ったスダさんは真面目な顔でそう言った。

「いとこのシホです」

「演劇部の?」

うなずくと、それきりもう彼はなにも詮索してこなかった。演劇部のシホさんはなに食べる? と聞かれて、チョコレートパフェを注文した。

 

広告制作会社で働いているとスダさんは言った。コマーシャルとか作ってるんですかと尋ねると、コマーシャルの10倍地味な仕事想像してみて、実際はその想像の10倍地味だからと言う。

私が頼んだパフェが運ばれてくると、よくそんなでかいの食えるねと笑われた。その顔が若干、昔憧れていた俳優に似ていることに気づいてからは目が見られなくなった。

会話は少なく、スダさんはコーヒーを飲みながらずっとドリンクバーの方向を見ていた。意味不明な夜だと思った。

 

どうして私にメッセージくれたんですか。帰り際、たまらなくなって尋ねると、「演劇と、あとスガシカオが好きだってプロフィールに書いてたから」とスダさんは言った。

スガシカオ

スガシカオ好きなんですかと聞くと、「斜陽」が特に好きだよと言って、その曲を何フレーズか口ずさんでくれた。

ああ、いいですよね斜陽。いいよね、それに「19歳」も好き。

 

その言葉を聞いて少し迷って、私もうすぐ19歳なんです、と白状した。

スダさんはさして興味もなさそうに、「そうなんだ、本当はもう少し下かと思った」と言ってちょっと笑った。

 

 

日付が変わる前に家に帰った。親はもう寝ていたが、劇場でもらったチラシは念のためゴミ箱に捨てた。

スダさんとはそれから一度も会っていないけれど、ロイヤルホストの前を通ることがあると、ごくまれにあの日のことを思い出す。