湯葉日記

日記です

異界的青さ

2020/11/1
 
「大人3人が集まって〈したことないこと〉をするって難しいですよ」とひとりが言って、本当にそうだなあと思った。バンジージャンプみたいな予約のいるやつとか、その日じゅうに家を探して即契約するみたいなYouTuber的アイデアのやつを除いてしまえば、だいたいの場所に誰かしらは行ったことがあるだろうし、だいたいのことに関してもそうだった。
 
全然なんの予想もつかないことってなにがあるだろって考えながら歩いていた帰り道、駅前のゴルフ練習場の緑色のネットがビルの屋上に布団みたいにはためいているのが見えて、あ、と思った。
 
あそこに誰が通っていて、建てものはどんな構造をしてて、なにをめがけてボールを打つ練習をしているのか(あるいはめがけていないのか)、というかあのネットは? たぶんゴルフボールが建てものの外に飛び出してしまわないようにするためなんだろうけど、そのしくみおよび理由、そもそもなんであんな当たったら死ぬ硬くて怖いボールを使っているのか、なにもかも私は知らない。
 
というか考えてみればゴルフ練習場に限らず、スーパーのバックヤードとか、法律事務所とか、バスツアーで行くいちご狩りの会場とか、漠然と想像がつかない場所ってたくさんある。あるんだけど、なんとなく私はそれを知っている。行ったことがない場所に初めて足を踏み入れるとき、自分がなにを見てどんな気持ちになるかってこと、もうだいたい知っている。
 
子どものころ、母親が運転する車の助手席から、青く光る謎のビルを見るのが好きだった。池袋から首都高に乗るとすぐに右手に見えるのがその謎ビルで、夜になると決まって、流線型の青い光が20階建てくらいはあるビルの全体にギンギンにともる。よくよく目を凝らすと窓の向こうから首都高を見ている側の人たちがビルの輪郭に沿うようにまばらに立っていて、そのさらに奥のとくに光っていないものが車の列だった。私は首都高からビルの青さを見るたびにV6のMVみたいでカッケーと思い、いつかなんらかのイベントが発生してあのなかに行くんだと確信していた。
 
大人になってからそのビルはじつはトヨタショールームだったことが発覚したのだけど、そのことを知った2013年にはショールームはもう閉館してしまっていて、二度とギンギンに光ってはくれなかった。10代のときに運転席越しに見ていたあの青は比喩でなく異界で、私はいまはもうあの異界に行けない、のかと思いきやなぜかときどき夢のなかだけでアクセスすることができ、そこではタイヤのかたちのどら焼きを食べることができたりする。
 
そういえば、「〈したことないこと〉をする」の答えらしきものは「TikTokを撮る」になったのだけど、時間が足りなくてこの日は解散した。