湯葉日記

日記です

あかるさ/しずけさ

2021/4/24

 

駅前で夕食代わりにチョコバナナパフェを食べた帰り道、大通り沿いのバーの看板が点いていたので入る。店内には先客がふたりいた。店主が立つカウンターのうしろに目をやると、顔なじみの酒瓶に混じって知らないラベルがたくさんあった。久々に会った友だちの髪が思ったより伸びていたときみたいで驚く。増えましたよね? と聞くと「酒屋さんいま大変なんでたくさん入れちゃいました」と店主。

 

店に来るのは私もずいぶん久しぶりで、18時なのに窓の外はあかるい。隣の学習塾から出てきた子どもたちが店の前を走り抜けていくのを見ながら「本日はいかがいたしましょう」なんて言われるのは変な気分だった。あまりしゃべらずサッと飲んで帰ろう、と思い、マスクをしたまま店主のうしろの棚をぼんやりと眺める。せっかくなのでたくさん入れちゃった酒からなにか飲みたいと思って、見たことのないジンを頼んだ。

 

カウンターに並んだほかの客は黙っていた。ときどき「同じの」とウイスキーやジンの瓶を指さして、「ソーダ?」「いや、ロック」というような会話が交わされるだけだ。全員スマホを見ていた。店主はたまにしずけさに耐えかねたのか、店のBGMにあわせて小さく踊るまねをしていた。

 

途中で「忙しいよもう全然時間がないんだからきょうは」と入ってきた客は、注文しマスクをとるとマラソンの給水みたいなペースでマティーニをしずかに飲み干し、しずかに出ていった。見ていると、緊急事態宣言で閉まる前に行きつけの店に順番に訪れ、いい酒を飲み(あるいは飲まずに持ってきた土産だけ置いて立ち去り)、挨拶して出ていくという飲みかたをしているであろう人たちが何名かいた。全員示し合わせたように、飲んでいるあいだ無言だった。

 

もともとしずかな店だけれど、こんなにも誰もしゃべらない日があるのか、と驚くほど誰もしゃべらなかった。いつも聞き役に回ってくれる店主がめずらしくいちばん饒舌で(言うまでもないけれど彼はずっとマスクをしている)、なんだかそんな店の様子に感慨深くもなっているようだった。私に出したジンの説明をしたあと「こんな説明も2週間できなくなる……」と言った。

 

神戸の出身なんですけど、僕は阪神淡路大震災を経験してるんですね、と店主。

子どものころだからあんまり覚えていないんだけれど。そのときにダイエーってあるでしょう、スーパーの。あそこの創業者が当時、焼け跡になった街を見て、「残った店はとにかくなんでもいいから店をあけろ。灯りがなければ街は死んでしまう」って、めちゃくちゃになった店頭でどうにか物を売ったんですって。それ僕ね、どこで聞いたのかわからないけど、すごく記憶にあるんです。もちろん感染対策もするし社会の状況も見ながらその都度考えなきゃいけないんだけど、できるだけ店はあけとこうってそれ聞いて思ったんです。

 

という話の中ごろからこちらはすでに泣きそうで、しかし泣くとマスクを外さなきゃいけなくなるのでこらえていた。じつはすこし前、偶然店の前ですれ違ったほかのバーの店主からも似たような話を聞いていた。その店主は、店の看板を灯す理由を「光っているものはなんであれあかるいから」と言った。

 

こう書くことで非難されないための予防線を張っているとかではなく、ほんとうに妙なくらい全員黙っていた。カウンターの端に座る客が擦った火でテーブルがあかるくなり、店の外が暗くなっているのに気づく。遅れてマッチの匂いがした。2杯飲んでいたから、そろそろ出ようと思って店を出た。店主に「なんか最終回みたいで泣きそうです」と言われて笑ったけれど、あれは冗談でも否定するべきだったといま書いていて思った。

 

店の外で「じゃあまた」「また」と店主に挨拶をして帰った。走り書きだけれど、この日のことはどうしても書き残しておきたかった。