湯葉日記

日記です

2021.7.24

いま、これ以上この怒りと混乱のなかに身を置いていると心が粉々に砕かれてしまいそうなので、関係のない仕事をすこしする。
 
というところまで手書きの日記に書いて昨日は寝てしまった。
私は五輪を見ない。親から何度か「帰っておいで、観戦しよう!」と連絡がきていて、見ないつもりだと伝えたらおそらく軽めの喧嘩になるので「忙しくて帰れない」と言葉を濁しつづけている。このごろ、親との雑談が五輪の話題になるたびにそうやって軽めの喧嘩に発展していて、とはいえ身内と思想が違うことによる軽めの喧嘩なんてこれまでにも何度も繰り返してきたからさしたるストレスではなかったのだけれど、今回も「見ないよ私は~」とラインを返そうとしてどうしてもそれができなかった。
 
もういまの自分にはそういうコミュニケーションをとる体力すらないのだと思った。五輪の開催をめぐるあらゆることに、そのくらい疲弊して失望しきっている。スピーチのなかの、逼迫している医療現場を愚弄するかのような「チャレンジ」「希望」ということば、五輪開催の名のもとに中止・閉鎖されたあらゆるイベントと空間のこと、棄権する/せざるを得なくなったアスリートたちにとっての大会としてのアンフェアさ、なにより「復興五輪」などという欺瞞。復興、と名乗ったことが私にはなにより許せない。
 
実家はとても近く、頻繁に行き来しているから、忙しくて帰れないと言い訳をしつづけるのは疲れる。疲れるけれど、それ以上に五輪に対して投げかけられるポジティブな言葉を耳にするのがショックで、いまの自分の心身では受け止められないと思う。もっと抽象的な気分の話をすれば、ものごとを名指せるだけの体力と感情がもう湧いてこない。
 
小林賢太郎の解任があった。あのネタの台詞が批判されるのは当然だ、というよりも、あのネタをニコニコや初期のYouTubeで違和感なしに見ていた私たちが批判するべきだったのだと思った。完売劇場から君の席、全本公演のDVD BOXを集めて夜な夜な見返していた10代の私はガチガチのラーオタだったけれど、その自分でさえ「できるかな」がどのソフトに入っていたかは記憶が曖昧で、あれはむしろ動画サイトで再生・消費されることで知名度を上げたネタだった。だからこそあれを無邪気におもしろがっていた私たちが、私が、未成熟だったとしか言いようがない(小林賢太郎本人が日本語話者以外にも伝わる笑いを志向するようになって、差別や冷笑を芸にすることを2010年代にはほぼやめていたことは、わざわざ書かなくても彼を追っていた人なら知っている)。開会式で彼のクレジットなしに彼の発案としか思えないピクトグラムの演出が敢行されたことを知ったときは愕然とした。
 
昨晩は好きなミュージシャンが開会式に感動したという主旨のツイートをしていて、そこに「(困難を乗り越えて集ったアスリートに対し)自分はヒザを抱えているだけだった」という言葉があり、うっ……と言葉を失った。そのツイートを見てから自分がなにに絶句したのかしばらく考えていたのだけれど、卑怯な言葉だと感じたのだと思った。私にはやっぱり現時点で五輪開催をよろこぶことはできず、感動はできず、その時点でスタンスが違うのは差し置いても、ヒザを抱えるだけで済む(いやな言い方という自覚はある)のは紛れもなくひとつの特権だ。もちろん実際には音楽活動を進めているのだろうしそれがとても楽しみではあるけれど、わざわざそんな卑下するような言い方をするのは保身のように私には見えた。
 
自分のことばっかりだな。でも自分のこととして考えてこなかったツケがいまなんじゃないか。怒り、混乱、いまの気持ちを言おうとしてさまざまな言葉を検討したけれど、ほとほと疲れきったというのがいちばん本心に近い。こんな書き方をするとケアを求めているかのように映るかもしれないと一瞬思ったがそうではなく、この期間に自分の率直な気持ちを残しておくのが重要だと思ったから書いた。朝からなにもする気が起きず、爪を塗りかけては除光液で落としている。

あかるさ/しずけさ

2021/4/24

 

駅前で夕食代わりにチョコバナナパフェを食べた帰り道、大通り沿いのバーの看板が点いていたので入る。店内には先客がふたりいた。店主が立つカウンターのうしろに目をやると、顔なじみの酒瓶に混じって知らないラベルがたくさんあった。久々に会った友だちの髪が思ったより伸びていたときみたいで驚く。増えましたよね? と聞くと「酒屋さんいま大変なんでたくさん入れちゃいました」と店主。

 

店に来るのは私もずいぶん久しぶりで、18時なのに窓の外はあかるい。隣の学習塾から出てきた子どもたちが店の前を走り抜けていくのを見ながら「本日はいかがいたしましょう」なんて言われるのは変な気分だった。あまりしゃべらずサッと飲んで帰ろう、と思い、マスクをしたまま店主のうしろの棚をぼんやりと眺める。せっかくなのでたくさん入れちゃった酒からなにか飲みたいと思って、見たことのないジンを頼んだ。

 

カウンターに並んだほかの客は黙っていた。ときどき「同じの」とウイスキーやジンの瓶を指さして、「ソーダ?」「いや、ロック」というような会話が交わされるだけだ。全員スマホを見ていた。店主はたまにしずけさに耐えかねたのか、店のBGMにあわせて小さく踊るまねをしていた。

 

途中で「忙しいよもう全然時間がないんだからきょうは」と入ってきた客は、注文しマスクをとるとマラソンの給水みたいなペースでマティーニをしずかに飲み干し、しずかに出ていった。見ていると、緊急事態宣言で閉まる前に行きつけの店に順番に訪れ、いい酒を飲み(あるいは飲まずに持ってきた土産だけ置いて立ち去り)、挨拶して出ていくという飲みかたをしているであろう人たちが何名かいた。全員示し合わせたように、飲んでいるあいだ無言だった。

 

もともとしずかな店だけれど、こんなにも誰もしゃべらない日があるのか、と驚くほど誰もしゃべらなかった。いつも聞き役に回ってくれる店主がめずらしくいちばん饒舌で(言うまでもないけれど彼はずっとマスクをしている)、なんだかそんな店の様子に感慨深くもなっているようだった。私に出したジンの説明をしたあと「こんな説明も2週間できなくなる……」と言った。

 

神戸の出身なんですけど、僕は阪神淡路大震災を経験してるんですね、と店主。

子どものころだからあんまり覚えていないんだけれど。そのときにダイエーってあるでしょう、スーパーの。あそこの創業者が当時、焼け跡になった街を見て、「残った店はとにかくなんでもいいから店をあけろ。灯りがなければ街は死んでしまう」って、めちゃくちゃになった店頭でどうにか物を売ったんですって。それ僕ね、どこで聞いたのかわからないけど、すごく記憶にあるんです。もちろん感染対策もするし社会の状況も見ながらその都度考えなきゃいけないんだけど、できるだけ店はあけとこうってそれ聞いて思ったんです。

 

という話の中ごろからこちらはすでに泣きそうで、しかし泣くとマスクを外さなきゃいけなくなるのでこらえていた。じつはすこし前、偶然店の前ですれ違ったほかのバーの店主からも似たような話を聞いていた。その店主は、店の看板を灯す理由を「光っているものはなんであれあかるいから」と言った。

 

こう書くことで非難されないための予防線を張っているとかではなく、ほんとうに妙なくらい全員黙っていた。カウンターの端に座る客が擦った火でテーブルがあかるくなり、店の外が暗くなっているのに気づく。遅れてマッチの匂いがした。2杯飲んでいたから、そろそろ出ようと思って店を出た。店主に「なんか最終回みたいで泣きそうです」と言われて笑ったけれど、あれは冗談でも否定するべきだったといま書いていて思った。

 

店の外で「じゃあまた」「また」と店主に挨拶をして帰った。走り書きだけれど、この日のことはどうしても書き残しておきたかった。

「花束みたいな恋をした」

『花束みたいな恋をした』を見て変な気持ちになり、劇場の周りをしばらく犬みたいにウロウロしてしまった。カップルと思しきひとたちの何組かがスクリーンから出てきてはめっちゃ切なかったね、すごかったねと言い合いながら通り過ぎていった。人の少なそうな喫茶店を見つけて入るともう閉店間際で、あと20分だと言われたのにチョコレートバナナパフェを頼んでしまう。しかたなく、牛丼をかき込むときに近い速さでパフェを食べた。
 
メレンゲだかクッキーだかわからない薄茶色の謎の棒をかじりながら、1年前にも似たような日があったのを思い出した。下北で人と会った帰り、新宿まで向かう電車のなかで「彼氏と別れた」というLINEがきて、そのまま京王線に乗り換えて友だちの最寄り駅まで行ったときのこと。チェーンの居酒屋で飲んで、駐車場みたいなバーで飲んで、そのまま彼女の家に泊めてもらった。理由も思い出せないけれど私は彼女の元恋人にやたら苛立っていて、「ずっといやなやつだなと思ってたよ。別れてよかったじゃん」みたいなろくでもないことをたしかずっと言っていた。その翌朝、彼女の家から帰る電車を途中で降りて、多摩川近くの喫茶店でひとりでパフェを食べたんだった。
 
 
 
 
映画のなかで麦(菅田将暉)と絹(有村架純)は、終電を逃したあとのカフェで初めて言葉を交わしていた。そのカフェの奥の席にはたまたま押井守がいる。押井守に気づいた麦は、同席していた他の男女に「誰?」と聞かれ、「犬が好きな人です。あと立ち食いそば」と返す。同席のふたりは当然ポカンとするのだけど、そのあと麦を追いかけていった絹が「押井守は広く一般常識であるべきです」と言い、麦は自分の言葉が通じていたことにうれしくなってしまう。その後、麦の部屋を初めて訪れた絹は、いしいしんじ小山田浩子穂村弘長嶋有ほしよりこが並んだ彼の本棚をじーっと見て、「ほぼうちの本棚じゃん」と笑う。
 
『花束~』を見ながら、ずっとハラハラしていた。ふたりが固有名詞を唯一ののりしろみたいにして恋愛感情を強めていくたびに、そっちは危険だよ、やめときなよ、と大声で叫びたくなった。だって、同じカルチャーを摂取していることを相性のよさやときめきに結びつけてしまうことはそのまま、それを通っていない人を見下したり排除してしまう極端さにつながっている。
 
途中、就活をはじめたふたりは「ふつうになるって難しい」と社会との距離に悩む。でも、彼らの「ふつう」は言ってしまえば凡庸やつまらなさとほぼ同義で、「自分たちはふつうじゃない」という特権意識の裏返しなのだった。そもそも麦と絹が前提にしているカルチャー(サブカルチャー)という共通言語だって、また別の種類の社会そのものでしかないのに。そういうふたりを若くて愛おしいなと思えるほどには私はまだ大人ではないから、自分の出身校の芸術学部のキャッチコピーが「ふつうじゃない、がふつうです。」というやばいやつだったことを連想してむかついてしまったりした。
 
情報の海のなかでお互いの共通の固有名詞だけを浮き輪みたいにして暮らしていくこと、そしてその共通項の数が減れば減るほどふたりの距離が遠ざかってしまうこと。これが東京で2010年代に恋愛するってことなの? と思ったら、なんかすごく、つらくなってしまった。坂元さんちょっとこれは冷たすぎないですか、と思って、シーンが美しければ美しいほどに苦しさが増していった。
 
映画館を見終えてすぐに思い出したのは、『カルテット』の6話~7話で書かれた、真紀(松たか子)と幹生(宮藤官九郎)という夫婦の出会いと別れのことだった。
 
真紀は結婚する前、幹生が薦めてきた詩集を借りるのだけど、そのおもしろさが全然わからないでいる。ある日の夕食どき、熱いパエリアを持った幹生が鍋敷きを探しているのを見て、真紀はついその詩集をテーブルの上に投げてしまう。幹生はひそかにショックを受けて、そのことが彼の失踪という大事件につながるのだけど、真紀は彼がいなくなったあと、「こんなおもしろくないものおもしろいって言うなんておもしろい人だなあって、よくわかんなくて楽しかった」と結婚生活をふり返る。私にとってはこの「こんなおもしろくないものおもしろいって言うなんておもしろい」が恋愛そのもののような気もするのだけど、ふたりはけっきょく別れてしまう。だから「おもしろいものをおもしろいって言い合いたい」が恋愛とイコールである麦と絹がその期間を過ぎたらすれ違ってしまうというのは、考えてみれば当然のことだ。
 
で、でも、と妙に食い下がりたくなる気持ちが捨てられなくて、それはなんでなんだろう、とずっと考えている。
 
映画のなかに出てくる数少ない、固有名詞以外のふたりの共通項に、「電車に揺られる」という表現があった。夜道を歩きながら「電車に揺られていたら、」と話し出す麦に、このひとは「電車に乗る」じゃなく「電車に揺られる」と言う人なのだ、と気づいた絹がうれしがるというシーンだった。私にはそのふたつの違いってそんなに、というかぜんぜん重要じゃないのだけど、重要じゃないからこそ、このふたりだけをつなぐすごく大事なものなんだろうと思った。
 
こういうふたりだけの言葉を集めていけたならふたりはもっと続いたんじゃないか、と感じてしまうのは、私があまりにひととひとの関係に対して楽観的だからだろうか。そう友だちに聞いたら、「でもその先まで行けたとして、恋愛が恋愛のままで続くっていうのはちょっと嘘じゃない?」と言われて、恋愛、そうか、恋愛なあ……と思う。
 
坂元裕二は映画に関するインタビューのなかで、なんらかの枷や障害を設定することでドラマがおもしろくなる、というセオリーをすべてとり払ったところで「恋愛」それ自体を描きたかった、と言っていた。彼はむかし、自分をどんな脚本家だと思いますか? という質問に、「一にお弁当づくり、二に脚本づくりの脚本家ですかね。仕事がどれだけ続こうが朝方まで飲もうが、ルーティーンとして子どものお弁当づくりをしないと一日がはじまらない」というような答え方をしていたのだけど、ストーリーやドラマの前にまず日々の営みがあるということを書き続けているひとだから、『花束~』でも当然、恋愛が終わったそのあとにも日々は続くことが描かれる。種明かしのようにお互いの嫌だったところを言い合って笑う麦と絹を見て、私はようやくちょっとホッとしたし、恋愛のままではふたりがここにたどり着けなかった、という事実に傷ついてもいた。
 
恋愛ってほんとうに単なるシーンなんだろうか。過ぎてしまうから、一瞬だから美しいんだろうか。花束を抱えた姿でGoogleストリートビューに写っていた麦と絹はたしかに恋愛の最高潮のシーンにいて、それが当人たちの気づかないところでひそかに記録されているということは、まぎれもなく美しいことだった。
 
でもなんか、この美しさに騙されてたまるか、と思う自分もいる。奇跡みたいに思えたその1枚だって、ほんとうはたかだか2、3年で更新されてしまうGoogleのパノラマ写真の一部で、それ以上でも以下でもない。永遠になったわけではなくて、ただ過去の過去性が強化されただけなのに、麦は素朴にそれを喜ぶ。このシーンで私はぼろぼろ泣いてしまって、泣きながら「むかつく」と思った。むかつくから、最後にファミレスで出会っていた麦と絹じゃないふたりが、ストリートビューに写らないぜんぜん別の東京のどこかで、イヤホンを半分こしたりしないで、幸せに暮らしていてほしいとばかり祈ってしまう。

好きっていう

ここひと月くらい、とにかく焦っていた。10月に詳しくは書かないけれど最悪のことがあって、何週間か外に出らんなくなり、大好きだった酒もしばらく飲めなくて、匂いを嗅ぐだけで気持ち悪くなってしまった。
 
仕事先にももしかしたら急に休ませてもらうことになるかもしれません、という連絡をして、動けない時間はずっと家で寝ていた。明るい時間、人がいないときを見計らって一瞬外に出たりはしてみたものの人とすれ違うとパニックっぽくなるので、仕方ないから家に戻ってまた寝た。私はもともとものすごくよく眠るほうだけど、そのころはあまりにも体を地面に対して平行にしている時間が長すぎたのか体内のコンパスみたいなものがバグって、ちょっと垂直になるだけで具合が悪くなった。このままだとひとりで起きられなくなって救急車を呼ばなきゃいけなくなる、とあるとき本気で思って泣きながら起きた。すると起きた衝撃で急に吐いてしまって、まじ? こんなことある? と思った。
 
あとは暗い話になるので割愛するけれどだいたいそんな数週間を過ごした。11月は仕事も進まないし外を歩くと足がガタガタになるし、10月ほどではないけれど基本的には過剰に寝ていた。
 
過剰に寝ると悪夢を見る。夢のなかで何度も人に襲われかけ、マ~ジ~で勘弁してくれ~と思った。それだけならまだしも(まだしもではないけど)、いっしょにいる人が途中までやさしかったのに、飲み物に口をつけてふっと横を見たら虹色の鬼に変わってるみたいな夢を見たときはさすがに即日でカウンセリングを受けられる病院を探した。が、そんな病院はほぼないか、あっても口コミが最悪だったのでおとなしくまた寝た。
 
ツアーだったら全通してるなというくらい悪夢を見続けた日々だったけど、いちばんこたえたのはなにも書けなくなる夢だった。というか夢じゃなかった。なにも書けなくなる夢を見て起きたらほんとうになにも書けず、とりあえず素材が先にあるものなら大丈夫だったから、インタビューの文字起こしばかりした。起こした文字を見ているとそれが人の言葉であることにすごくホッとして手が進んだ。取材の仕事はふつうにできた。
 
問題はエッセイのような仕事だった。えー書けないじゃん、でも書けないことなんかぜんぜん多いしなあと思ってしばらくふらふらと本を読んだり刺繍をしたり(ところでいま私はビーズ刺繍で犬を縫うことにものすごく凝っています。その話は追ってする)していたが、書けないというよりも、自分が書いたものを自分で読むのに耐えられなくなってるんだなあということに気づいたときはやや愕然とした。
 
抑うつといえばめちゃくちゃシンプルにおそらく抑うつで、なにかひと言書くたびに「よくもまあこんなことをいけしゃあしゃあと」と思った。こんなの誰が読みたいんだろうと思った。自分がそんなに読みたくないものでも人は読みたいって思ってくれることがあるよな、経験上、と自分をギリ奮い立たせようとしたけれど、ひと言ひと言の自信のなさや確信の持てなさ、それ自体が人を傷つけうるものになってないか? と自問自答を始めたらもう。
 
もう。
 
エッセイを書くのやめようかなと思った。取材の仕事を文字にしているときのほうが楽しいし、人の言葉をほかの人に伝えるほうが自分が不在に(近く)なれるので安心する。好きな文章を書いてくれる人は幸いたくさんいるし、人の新しい詩、小説、エッセイ、なにを読んでも涙が出た。自分のことをうつ状態と認めるには合点がいかないほど人の言葉に触れるのは楽しくうれしかった。余談だが彼氏といても楽しかった。取材も楽しいし、たまに心配して誘ってくれる友だちとファミレスやらオンライン上で会うのもありがたくうれしい。だからもうほんとうにこれでいいんじゃないかと思った。
 
 
 
話がずれるけど、すこし前から、自分の好きっていう気持ちもどうやって扱えばいいのかよくわかんなくなっていた。
 
なにかのことをめっちゃ好きだなあ!と思うと手足の先が痺れてきて、星とか毎晩見上げてしまうしわけがわからなくなってしまう。ただ私は好きと思った対象が芸能人であろうが近い人であろうが困らせたくないなという気持ちだけはつよく、しょうがないから日記とかをめちゃくちゃ書いたり、好きな人を見た日のコンタクトレンズを保管して話しかけ続けることでどうにか自分の好きの過剰さに折り合いをつけていた。
 
ハタチくらいまではずっとそうしていて、最近はさすがにもうすこしだけ穏やかに生活めいたことをしていたけれど、めっちゃ好きなバンド(ルビ:ポルノグラフィティ)が年に何回かライブをするたびにその過剰さの周期はめぐってきた。好きなバンドが好きっていう気持ちを人に話したりなにかに書いたりすると、私なんてけっきょくは空洞で私のこの好きっていう気持ちが自分の本体なのだなあ……みたいなことを本気で考えた。じゃあ私の空洞って? とは考えなくても、その光(ルビ:ポルノグラフィティ)の反射みたいなものを体の輪郭で感じられればそれでよかった。
 
ただ、こんな仕事をしながら外に向かって好きと叫び続けていると、その対象を好きってこと自体が自分の一部みたいにまわりから見られるようになる。「ポルノグラフィティっていうバンドのファンをずっとやってて……」「それはみなさん知ってますよ(ニコニコ)」。みたいな会話が誰とのあいだでもふつうになって、ありがたいなあと思う反面、私がポルノを好きってこんな強さで言い続けることでポルノのことを敬遠してしまってる人もいるんだろうと思った。
 
そんな大げさな、と思われるかもしれないけど、「あの人がファンって言ってるから自分も好きって言いづらい」とか「そんな薦めかたされると逆に見たくなくなる~」とかわりとあるし、直接言われたこともある。私は帰属意識みたいなのがすごい苦手だけれど、あそこのファンの“界隈感”はすごい、とか排他的なイメージある、とかこわい、みたいなことを人の推しに対しても聞くことはふつうにあるので、自分の好きって気持ちが所有欲とか支配欲みたいなものに近づくことがあったらすごく嫌だなって思っていた。
 
で、そう思っていたらだんだんわからなくなってしまった。好きな人が歌ってて、歌っている横顔が15年前に見たMVのなかの表情にそっくりで、好きだなあと思う。その好きだなあという気持ちをなにかに書こうとするとき、「横顔がきれい」って打っては消し(若いころを思い出して美しいとか思うの失礼じゃない?)、「C1000タケダのCMと…おんなじ表情をしていた…」って打っては消し(古参マウントみたいだ)、「好きな人の顔だからこんなに見るだけでうれしいのかな いてくれてありがとう…」って打ってはやっぱり消して(素直な気持ちだけど素直だからマジでこわくない?)、もはや好きと表明しないことが愛では、そういえば「愛は誰かに見せたり まして誇るようなものではなくて」とポルノグラフィティも歌っていた……となる。
 
 
 
もしかしたらこうやって私は日記とか書かなくなるのかなあ、という気持ちの高まりとエッセイが書けなくなったことは、だからちょうどぴったりの時期に重なった。
 
ちょうどそのタイミングでたまたまポルノグラフィティの故郷の因島を訪れた。なんとなく、尾道に行くついでだった。自転車を漕いで行ったらすごく気持ちがよく、もうそれだけでぜんぶだった。寒くてずっとフェリーの待合所にいた。私が中学生だったら風邪を引いてでも青影トンネルとか折古の浜とか、曲のなかに出てくる場所に無理やり自転車で行こうとしたんだろうと思った。ポルノの故郷にきた感慨はある? って聞かれて、どの道を曲がってもはっさくがなっている畑に行き当たることには笑ったけど、べつに感慨とかないなあと思った。それよりも好きな人ときれいな海と夕焼けを見ていることのほうが素朴にうれしかった。東京に帰ったら取材の仕事をがんばろうと思った。
 
 
 
きょう、配信ライブのチケットを買ったのはライブが始まる20分前だった。アーカイブが残るし、リアルタイムで見られなくてもまあいいかみたいな気持ちで仕事をしていた。
 
疲れて仮眠をとって、起きたら18時半だった。コンビニにごはん買いいこ、と思ってついでにチケットを買って発券した。レジで払込票が手元にきたとき、ライブの5分前だった。あー始まる、と思って、エコバックに買ったおつまみとスープとチーズケーキを入れて歩きだした。
 
自分が爆速で走っていることには歩道橋の上で気づいた。え? と思った。足音のうるささで、犬といっしょに下を歩いている人がこちらを見たくらいの猛スピードで走っていた。
 
だってライブが始まってしまう!
 
走りすぎて家に入った瞬間倒れ込んでしまった。くそっ、とか言いながらパソコンをつないだ。すぐにライブが始まったのだけど霞んでまったく画面が見えない。メンバーのシルエットが見えると同時に私は謎に号泣していて、自分の嗚咽がうるさすぎてパソコンの音量を100にした。100とか使うことあるんだ、と思った。
 
部屋に誰もいないのに、誰に向かってでもなく好き、どうしよう、なんで、とかずっとつぶやいていた。途中からはマンションの壁の薄さに思い至り、近くにあったノートをひっつかんでそこに叫びみたいな短い言葉をぜんぶ書くようにした。あとから見返したら「ここは」「星? 夢?」とあった。途中で鼻血が出たので暖房を切って冷房にした。
 
だからなにっていうわけではないけど、こうなってしまうんだなあ、私は、まだ……と思った。好きっていう気持ちをどうしていいかまだ本当にぜんぜんわからない。だからたぶんまたなにかこうやって書きはじめるんだと思う。わかんないけど。

シロクマの実在

すごいことを知った。シロクマ、という実在の動物がいること。
ホッキョクグマ」は知っていたし、動物園で見たこともあるのでどういう生きものかわかっていた。「シロクマ」という言葉そのものももちろん聞いたことがある、というかキャラクターの名前やかき氷の名前としても有名なので、はいシロクマですね、前任者から引き継いでおりますという感じだったのだけど、まさかそれが白い熊、「白熊」だなんて思いもしなかった。さらには「ホッキョクグマ」と同一人物だなんて。
 
しろくまちゃんのホットケーキ』を久しぶりに目にして「そういえばしろくまちゃんって犬? ウサギ?」と人に聞いたことで事態が発覚したのだけど、聞かなかったら私は一生しろくまちゃんのことを「しろくま」というあだ名の謎の動物だと思っていた可能性が高い。のらくろ、とかぐでたま、のようなジャンルだと思っていた。
 
調べていくうちに私はこれまでに何度もシロクマに出会っていたことに気づいた。上野動物園で見ていたのも、熊本で食べたやつも、すみっコぐらしのキャラクターも。白い熊だからシロクマ。シロクマは通称で、正式名称はホッキョクグマ。す、すげえ~~~。
 
「みんなペンギンを知るのと同じころにシロクマのことを知るよ」と言われて、つい最近同じ構文でなにかを教えてもらった気がするなとずっと考えていた。
右側通行のことだった。
 
私は自動車が守る交通ルールとしての「左側通行」を長らく知らず(歩行者がスムーズに室内を歩くための標語だとずっと思っていた)、大通りの左側の道を歩いているときは車と絶対にすれ違わない気がするな、と感じたのがきっかけで、ハタチくらいのときに「左側通行」の概念を得たという経緯がある。
 
それでこのあいだ「え、右側通行は知ってる?」と聞かれ、よくよく聞けば歩行者は原則的に右側通行というルールがあるとのことだった。当然、知らなかった。だって道なんて、車と自転車に気をつけるのは前提として、これから向かいたい方向側の道路を常に歩きませんか? そんなこといつどこで誰に教えてもらうんだ、と聞いたら、みんな左側通行を知るのと同じころに右側通行のことを知る、と言われて脱力した。
 
 
 
おとといの早朝、ゴミを出して家の外をウロウロしていたら、酔っぱらいに近所の中華屋までの道を聞かれた。グーグルマップを出したりして丁寧に答えていたのだが、途中で相手が「お姉さんの家どの辺なの~?」と聞いてきたので無視して携帯をしまった。けれど「彼氏いるの~?」「恋愛したことあります~?」としつこく続けてくる。うるせえな天津飯食ってとっとと帰れと思って相手に背を向けたら、相手がとつぜん「お姉さんはね、たぶん愛を知らないんですよ」と言ってきた。
 
ここできゅうに堪忍袋の緒が切れた。ふり返り、私は私で必死にやってます、つうか知ってるわ、愛は知ってるわ。余計なお世話ですはい論破、みたいなことを早口で言って(さすがにはい論破は言わなかったけれど、それ以外はほんとうに言って)、中華屋のほうを指差してあっちです!と叫びながら歩き去った。
 
あれはあれで正解だったと思うのだけど、いまになってドキドキしている。愛、本当に知っているんでしょうか?

異界的青さ

2020/11/1
 
「大人3人が集まって〈したことないこと〉をするって難しいですよ」とひとりが言って、本当にそうだなあと思った。バンジージャンプみたいな予約のいるやつとか、その日じゅうに家を探して即契約するみたいなYouTuber的アイデアのやつを除いてしまえば、だいたいの場所に誰かしらは行ったことがあるだろうし、だいたいのことに関してもそうだった。
 
全然なんの予想もつかないことってなにがあるだろって考えながら歩いていた帰り道、駅前のゴルフ練習場の緑色のネットがビルの屋上に布団みたいにはためいているのが見えて、あ、と思った。
 
あそこに誰が通っていて、建てものはどんな構造をしてて、なにをめがけてボールを打つ練習をしているのか(あるいはめがけていないのか)、というかあのネットは? たぶんゴルフボールが建てものの外に飛び出してしまわないようにするためなんだろうけど、そのしくみおよび理由、そもそもなんであんな当たったら死ぬ硬くて怖いボールを使っているのか、なにもかも私は知らない。
 
というか考えてみればゴルフ練習場に限らず、スーパーのバックヤードとか、法律事務所とか、バスツアーで行くいちご狩りの会場とか、漠然と想像がつかない場所ってたくさんある。あるんだけど、なんとなく私はそれを知っている。行ったことがない場所に初めて足を踏み入れるとき、自分がなにを見てどんな気持ちになるかってこと、もうだいたい知っている。
 
子どものころ、母親が運転する車の助手席から、青く光る謎のビルを見るのが好きだった。池袋から首都高に乗るとすぐに右手に見えるのがその謎ビルで、夜になると決まって、流線型の青い光が20階建てくらいはあるビルの全体にギンギンにともる。よくよく目を凝らすと窓の向こうから首都高を見ている側の人たちがビルの輪郭に沿うようにまばらに立っていて、そのさらに奥のとくに光っていないものが車の列だった。私は首都高からビルの青さを見るたびにV6のMVみたいでカッケーと思い、いつかなんらかのイベントが発生してあのなかに行くんだと確信していた。
 
大人になってからそのビルはじつはトヨタショールームだったことが発覚したのだけど、そのことを知った2013年にはショールームはもう閉館してしまっていて、二度とギンギンに光ってはくれなかった。10代のときに運転席越しに見ていたあの青は比喩でなく異界で、私はいまはもうあの異界に行けない、のかと思いきやなぜかときどき夢のなかだけでアクセスすることができ、そこではタイヤのかたちのどら焼きを食べることができたりする。
 
そういえば、「〈したことないこと〉をする」の答えらしきものは「TikTokを撮る」になったのだけど、時間が足りなくてこの日は解散した。

忘れる体、やわらか青豆、400円

2020/9/13

長い眠りから起きるとき、たいてい体の右か左を壁に大きくぶつける。10時間くらい寝ると脳がアパートのドアや家具の配置をぜんぶ忘れてしまうしくみになっているみたいで、目を覚ましてから数秒のあいだ、自分が家の全体図に対してどのへんにいるのかが毎回わからない。いったん勘で体を起こしてみて、あっこういう部屋だったなと思う。そうやって起きるたびに体に記憶をしまい直す。幽体離脱をしていたひとのところに意識が戻ってくるときとかもこんな感じだという気がする。

 

生理痛で寝込んでいた。窓を開けようと両足を床につけたら歩けなくて驚く。痛みで、ではなくて、寝すぎて体が動揺していた。えっ起きるんすかと体に聞かれて、うん、たまにはと答える。そういうこともするんすね。ときどきね。窓を開けたら夜だった。

 

サイゼリヤに行こうと思って部屋を出た。風がひんやりしていて、体が薄い紙になってなびいているみたいだった。あー知っていますこれは秋、と思った。夏のあいだは一瞬の集合みたいだった空気が束ねた記憶の連続に変わっていて、否が応でも時間のことを考えてしまう。風が肌に触れたところから砂になってうしろに散っていきそうで、泣きそうになって振り返ったら犬がいた。犬、と思ったら風が止まった。犬はいつも意識の位置をいまに戻してくれるので本当にすごい。

 

注文方式が筆記に切り替わってからサイゼリヤには4回行った。席についてから財布を見て、1200円しか持っていないことに気づく。チョリソー、やわらか青豆の温サラダ、ドリンクバーを頼んで、残り400円分はゆっくり迷おうと思った。店員さんの手元を見ていたら、メニュー番号を見ただけで該当する商品の名前を思い出していることがわかって驚愕した。やわらか青豆の温サラダは上に乗っている温泉卵とやわらか青豆の相性が大してよくなく、いっしょに食べると急に無味になるのだけどそれがおもしろくていつも頼んでしまう。郡司ペギオ幸夫の『やってくる』をすこし読む。

 

あとから結局チョコレートケーキを注文し、ドリンクバーでコーヒーのおかわりを汲んでいるとき、店員さんにチョコレートケーキが品切れだったと告げられる。ええとじゃあ別の頼んでもいいですか、と言うと、決めたらまた呼んでください、と言われたので席に戻って考える。

400円を最大限に活かしたい。チョコレートケーキ以外のデザートならプリンとティラミスの盛り合わせが食べたいけど100円足りない。しいて言うならトリュフアイスクリーム? と番号を記入したが、よくよく考えるとそんなに食べたくない気がした。斜線で訂正し、代わりにペンネアラビアータの番号にする。注文ボタンを押そうとして、この人チョコレートケーキからめちゃくちゃ飛躍したなと思われるのが急に恥ずかしくなり、やっぱりイタリアンプリン単品に訂正する。注文を取りにきた店員が番号の痕跡を見て「1回デザートやめたんですね」と言ったので、思考の流れを本人の前で解説しないでくれと思った。斜め向かいの席でビールを飲んでいた女の人がこちらを見てニコッとしたので、変な街、変な店、と思いながら私もほほえんだ。