このところフジファブリックの夢しか見ていない。夏に活動休止が発表されてからずっと雲の上を歩いているみたいな心地だった。カレンダーが2月になってしまってから、夜になって眠るたびに夢のなかで彼らのライブに行っていた。会場は中野サンプラザだったり野音だったりキネマ倶楽部だったりした。このまま眠り続けていればフジファブリックのライブをずっと見ていられるとなんだか本気で思ってしまって、毎日20時間くらい眠っていた。きのう、頭が痛くなって起きたらNHKホール公演の当日になっていて、冗談よしてくれよマジでと思った。
そう、冗談よしてくれよマジで、というのが活動休止の一報を聞いたときからいまに至るまでのいちばん正直な気持ちだったと思う。その日は友だちと一緒にいたのだけれど、あれ、なにか更新されたな、と思ってスマホでHPをひらいてからの記憶がほとんどない。文字を目で追った瞬間に血の気が引いて、ごめんいま一人になりたい、とたしか言ったのだった。友だちはほんとうにやさしくてこちらの気持ちをわかろうとしてくれたから、言わなくていいことまでたぶん言いすぎてしまった。でも「3人が元気でよかった、だれか死んだとか病気とかじゃなくてほんとうによかった」というのは本心だったと思う。2009年に味わった気持ちを思い出すのだけは避けたかった。
あまり過去のことをくよくよと書くのはフジファブリックというバンドに対するノスタルジックな消費に乗るみたいで気が進まないのだけど、それでも自分のためだけに書いてしまうと、フジファブリックに出会ったのは中2か中3のときだった。いわゆる王道のJ-POPからすこしずつ脇道に入って邦ロックとか聴きはじめていた時期で、サカナクションとかOGREとかAPOGEEとかぜんぶこの時期に知ったんだったと思う。ふつうの軽音部の中学生がうわなんかカッケー、こういう音聴いたことねえって思って手を伸ばしたくなるその系譜のなかにフジファブリックがいた。
変なバンド、とたぶん最初思ったし、結果的にその印象はいまもずっと変わらない。Strawbarry Shortcakesのネトネトしたイントロをはじめて聴いたときの「変なバンドだなあ」と、KARAKURIのあのめまぐるしい展開を(しかもフェスの場で急に)初披露されて感じた「変なバンドだなあ」は同じだったと思う。
話を戻すと、中学の終わりから高校の中ごろまではずっとFAB FOXを、TEENAGERを、CHRONICLEを聴いていた。テープが擦り切れるほど、という比喩があるけれど、iPodの画面をどのくらいまで指先でスクロールしたら「虹」に行き当たるか体が覚えていたくらいには聴いていた。2009年の冬に志村のことがあってからはしばらく呆然としてしまって、失礼だけれどフジファブリックのことも聴けなくなっていた時期があった。ときどき音楽番組の特集に映るフジファブリックはなんだかすごくポップになったように見えたりして、志村のボーカル時代のあの特有の気持ち悪さを懐かしく思ったりもした。
その後もときおり、大切だった曲の思い出を通じてフジファブリックに触れることはあったのだけれど、かれらのライブに通うようになったのは20代になってからだった。きっかけがどのライブだったかは覚えていないけれど、衝撃を受けたパフォーマンスのいくつかは明確に覚えている。EXシアターのカンヌの休日、炎の舞、バタアシParty Night。それからスガシカオとの対バンでカバーされていた黄金の月。前者では「あ、このバンド現役で変な曲ばっか作ってるんだ」という嬉しさとメンバーの演奏の異様なうまさ、それでいてなんだかホワンとしているステージ全体の空気のよさに衝撃を受けたし、後者では山内総一郎のボーカルとしての佇まいにやられてしまったのだった。黄金の月というのは歌う人の人格や纏っている空気みたいなものすべてが如実に現れる曲だと思うのだけど、原曲とはまた別の危うさと、歌声が喚起する独自の景色があって、この人はもしかしてすごいボーカルになりつつあるんじゃないかと思った。志村の時代の曲を総くんが歌っているのを聴くと、絵本を読み聞かせるときのような語尾のやさしさにどうしようもなく泣けてしまって、ああこれは追いかけなくちゃいけないバンドだと感じた、のだったと思う。
結論からいうと私はいまフジファブリックのことを3人組のバンドだと捉えている。こんな書きかたをしたら嫌がる人もいるかもしれないけれど。あれから無数のライブに行って、観るたびに化け物みたいに歌と演奏がうまくなっていくかれらを追いかけていたら、目の前のステージに没頭する以外のことができなくなっていた。フジファブリックのファンには志村のボーカル時代からかれらのことを好きな人たちも3人になってから好きになった人たちもたぶんどちらもいたのだけど、お客さんはライブがあるごとに4人時代の曲もいまの曲もめちゃくちゃノってくれる(難解なリズムの曲ばかりなのに各々ほんとうに楽しそうに、なおかつ静かに一人ひとりが曲に向き合って踊っていたのもフジのお客さんの凄さだった)ものだから、そこには時間とか思い出とかはあまり関係がなかった。
むしろ、MCのたびに志村の名前を出して「大切なメンバー」と紹介してくれるのはフジファブリックの3人のほうだった。だからそれを聞くたびにこちらははっとし、そうだったよね、志村のことを思い出させてくれてありがとう、とまいかい思っていた。それから総くんは決まって「僕たち絶対に解散とかないバンドなんで!」とも伸びやかに言ってくれた。フェスでもワンマンでも言ってくれて、そのたびにお客さんからは長い拍手が起きた。
甘えていたのかもなといま思う。去年、ダイちゃんが脱退を希望したと最初に知ったときも、それを受け入れてかれらが活動休止という選択をしたと聞いたときも、はじめに出てきた言葉が「絶対に解散しないってあんな言ってくれたじゃん」だった自分のことが嫌になった。3人がそれぞれのかたちで音楽と向き合っていてくれたらそれでいい、幸せでいてくれさえばいいという心からの思いとまったく同じ高さの場所に、嫌だよ置いてかないでよ聴けてない曲まだたくさんあるんだよ、というわがままがあった。活動休止の発表以来、なんだか妙によそよそしいコメントしかSNSでもファンクラブでも発してくれなかったかれらにも「なんで」と思った。
けれど加藤さんが「ドッキリであってくれと何度思ったことか」というストーリーを投稿しているのを見た夜、ああ、かれらにとってもほんとうに寝耳に水だったのだなとすこし腑に落ちた気がした。フジファブリックの3人はしんどいときにリアルタイムでつらいとかもういやだとか言わない人たちで、ステージの上ではほんとうにいつも楽しそうに笑ってくれていた。陽気とか賑やかとかでなく、なんかこの人たち心底楽しそうに演奏するな、いい関係なんだろうな、と問答無用で感じさせてしまう多幸感みたいなものがずっとあった。
情けないところとか嫌な部分とかもっと見せてほしかったなとか思うけれど、それをしないのもかれらの美学だったと思うから何も言うことはできない。ただ、自分はファンとしてフジファブリックに甘えすぎていた、よりかかりすぎていたという罪悪感はある。
だからこそそれから何本かのライブはつらかった。活動休止発表があってから最初の有明ガーデンシアターは、いつもふらふらと楽しそうに格好つけているダイちゃんが見たことのない真面目な顔でバンドの歩みを止めてしまうことについて語っていて、なんだか謝罪会見みたいな空気で見ていられなかった。志村の映像とともに演奏するというあの演出も、4人時代のフジファブリックをここで一度見送らなければいけないというかれらの決意と関係者への思い、ファンへのやさしさを痛いほど感じた一方で、モノノケハカランダ、総くんボーカルでもう一度観たかったよともシンプルに思った。考えてみればこの時点で、4人時代の曲はもうそんなにこれからのライブでは聴けないんだろうな、と予感していたのだろうと思う。
大阪城ホールでやった破顔が凄まじい気迫で、ステージ全体が発光していてかれらが星みたいに見えたこととか、LIFEの総くんの歌い出しがあまりにも泣き声をこらえている人の声すぎてこちらまで馬鹿みたいに泣いてしまったこととか、音博でフジファブリックのステージを待っているお客さんたちの不自然なまでに静かで重い空気、そういうぜんぶを思い出すたびに気持ちが沈んだ。活動休止までまだ時間はあるのにこんな気持ちでステージを観てしまうようなら2月の最後のライブ、自分はどんなふうになってしまうのだろうとずっと怖かった。
けれどきのう、Portraitからライブがはじまったとき、あ、きっと今日は3人になってからの曲だけでやる気なんだと不思議とわかった。お客さんたちはほとんど全員と言っていいほどすすり泣いていたけど、同時に体を揺らしてもいた。
LIFEのイントロでリズムを刻みながらお客さんたちの顔がぱっと明るくなっていくあの瞬間、フジファブリックのライブを観にきてんなあ、と思って魂が震えた。ステージの上のかれらが楽しそうだったから、こちらも楽しまないのは失礼だと思った。総くんの歌声の低音の深み、ビブラートの伸びやかさに何度も驚かされ、いつの間にこんな物凄いボーカルになってしまったんだよ、と驚く間もなくあのとんでもなくうまいギターが重なってくる。なんなんだよ、ほんとうに笑うしかなかった。ダイちゃんの鍵盤の音と加藤さんのベースラインがいつもどおり煌びやかに輝いていて、そこに被さるサポートの大地さんのドラムは炎のようで、なんでこんな超絶技巧のギターの音が浮かないんだこのバンド、と怖くなる。ブルーのアウトロはいつもいいけれど、今日のギターは特に化け物めいていた。なにかが総くんに乗り移って音を出しているみたいに聴こえた。Water Lily Flower、私の席の位置からは何をしているのかはよく見えなかったのだけれど、おそらくサポートの朝倉さんが前半、生音で水の反響音を出していて、ここにきて新しいアレンジをやってしまうのフジファブリックすぎるな、とちょっと引いてしまったくらいだった。
でも、そうだった。かれらの存在感って、フジファブリックがただ3人でステージ上に立っているだけで醸し出される気迫とかスター性みたいなものじゃなくて、3人が音を出した瞬間に立ち現れる異様さだった。そういう意味でフジファブリックは過去ではなく、いつでもいま、ここにしか居なかったと思う。かれらはけっしてノスタルジーを喚起させるような演奏はしなかった。
ステージを観ながらさみしさが薄れつつあるのを感じた。MCは控えめで、とにかくぶっ続けで20曲くらいやってくれた。私たちがさみしくないようにたくさんの曲をやってくれてるんだな、とも思ったし、かれらがたくさんの曲をやりたいんだろうなとも思った。
途中、客席から何度か「大好き!」と声がかかった。声をかけられたメンバーは嬉しそうにしつつもあきらかに言われ慣れていなくて慌てており、「え?あ、ありがとう……?」みたいな感じになっていてほほえんでしまった。気持ちが堪えきれなくなったファンがしだいに「ありがとう」とか「総くん」「加藤さん」「ダイちゃん」と口々に叫びだしたけれど、言う側も慣れていないからか声がかすれたりしていて、それにもなんだかぐっときてしまう。
フジファブリックのお客さんは、ひと言でいえばシャイでやさしい。このバンドのファンにはいい人しかいない、みたいな言説ってほとんど嘘だと思うけれど、フジファブリックのファンがやさしい、というのはライブハウスに通っていたひとたちならみな多かれ少なかれ実感していたと思う。小さい会場でモッシュが起きそうになると「あ、すみません……」と言い合ってお客さんが自然とうしろに下がったりする光景、あまりほかのバンドでは見たことがなかった。ライブ中に歓声をあげる人も不思議と少なかったから、バンドと観客との関係はこれまでずっと拍手で繋がっていた。
あの長い拍手。1曲が終わるたびに細く長く続く暖かい雨のような拍手が、私にとってはフジファブリックのライブそのものだった。だからきのう、終演後にいつまでもやまない拍手を聴きながら、ステージの裏に戻ってこの音を浴びているメンバーはきっと嬉しいだろうと思ったし、私はこのお客さんたちのこともけっこうフジファブリックだと思ってたんだよな、と思い出した。いつだったか、総くんが客席に向かって「フジファブリックと一緒になって楽しんでください」みたいなことを言おうとしたのを間違えたのか、「みなさん、フジファブリックと同化してください」と言ってきて怖さで客席がザワ……となったのを思い出し、ぼろぼろ泣きながらちょっと笑ってしまった。
フジファブリックのことを考えるとき、かれらはいつもライブハウスのステージの上にいる。大きな会場も似合うけれど、やはりフジファブリックというのはライブハウスで輝くバンドなのだと思う。SUPER!!のギターソロで3人が並ぶあのシーンを思い出すとき、お客さんとフジファブリックとの距離は触れられそうなほど近い。あのステージをもっと観たかった。あのときの音をもっと耳に残しておけばよかった。
ステージに向かって叫んだけれどぜんぜん足りなかったと思うから、20年続けてくれてありがとうとあらためて書いておきたい。3人ともとんでもなくやさしいひとたちだから、ファンに見せていない葛藤とか苦しさとかきっと想像できないくらいたくさんあったのだろうと思う。それを見せないでここまでやってきてくれたことの果てしなさを思うと、月並みだけれどありがとうとごめんなさいしか言葉が出てこない。
私はフジファブリックをこれからも聴き続けるし3人の活動も追い続けるけど(加藤さんが本格的に怪談師になってベース聴けなくなっちゃったらどうしようってちょっと悩んでいる)、確実に強固であろうダイちゃんの決意がなにかをきっかけにすこしでも揺らいだり形が変わったりすることがもしもあったら、いつでもいいから3人で一緒に戻ってきてねと思っている。そのときはみんなで長い拍手で迎えるので。
(追記:NHKホール公演、配信チケットが2/13(木)21:00までは買えますので未見の方もぜひ。いまのフジファブリック、すばらしいです。)
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