湯葉日記

日記です

2016-01-01から1年間の記事一覧

チェロを作った夜のこと

17歳の私は池袋のロフトで買ったペーパークラフトを熱心に組み立てていた。制服のセーターは脱ぎかけのまま、リビングの床に新聞紙を広げて。その上には50ほどのパーツが古道具屋みたいに所狭しと並んでいた。風呂上がりの父が部屋に入ってくると、ドアが起…

三日月を知らない子ども

仕事帰り、駅までの道を歩く。職場からほど近いビアガーデンの解体作業が始まっていた。天井やカウンターや大きなビールのモニュメントなど、見慣れた景色がすべてばらばらになってゆくのをしばらく立ち止まって見ていた。そのさまはまるで夏の閉会宣言だっ…

嫌いと言わせてくれ

武田百合子という随筆家がいる。作家・武田泰淳の妻で、寡作ではあったけれど根強いファンの多い人だ。 私もそのひとりで、彼女のエッセイをたびたび読み返す。たとえば、ロシア滞在記「犬が星見た」の中のこんな一節。 (寺院にあった石像を見て)「簡単な…

私とスポーツ

神宮球場で野球のナイターを見てきた。予報だと夜は雨がぱらつくとのことだったのだけど、快晴(私は柄でもなく晴れ女なのだ)。ヤクルトに点が入ると客席じゅうにカラフルな傘が広がる。その様がなかなかに美しかった。球場は終始むせそうに暑くて、バック…

私が亀について語るときに語ること

このところ人にあまり会いたくなくて、飼っている亀とばかり話していた。 それは手術したことなどとはさして関係なく(症状や検診についてまた詳しく書くと言ったけれど、あした術後の検査を受けたら今回の件が一段落するのでそのあとにしますね)、単に仕事…

【手術レポ】今日、胸の腫瘍をとった。

前回の文章でも触れたとおり、胸に腫瘍が見つかりまして、外科手術を受けることになりました。……で、さっき手術してきました。 以下、手術レポです。 5月13日、午後2時30分。指定された時間に病院のケアルームに入ると、「お待ちしてました」と看護師さん数…

残り全部バケーション

ウソみたいな本当の話をする。 私の父は7人きょうだいの下から2番目で、彼の実家はちいさな神社だった。らしい。らしい、というのは私が神社だった実家を見たことがないからで、それはなぜかと言うと、気の強いいちばん上のお姉さんが若いときにぶっ壊してし…

「俺の靴どこ」

「俺の靴どこ」が最後の言葉ってお母さんは折れそうに笑って 好きな短歌だ。好きなのだけど、読むたびに胸の奥が、ぎゅうぎゅうと痛くなる。「折れそうに」笑うその母親の顔と、おそらくその日に還らぬ人となってしまったであろう息子のぶっきらぼうな声を想…

東京の人って、

1度だけ、東京タワーにひとりで登ったことがある。曇りで、平日で、私は大学4年生だった。 その日の東京タワーは恐ろしく空いていて、客よりもスタッフのほうが多いんじゃないかってレベルだった。受付やらエレベーターガールやら土産物屋のひとも、みんなど…

「美しい物を見ろ」

土曜日。雪の予報。友人と「NHK短歌大会」の観覧に。客席の年齢層はだいたい我々プラス50歳くらいで、全体的にあんかけみたいなとろりとした空気。妙に居心地がよかった。 一般の人の応募作品の中から大賞を決める大会。なので、ステージ上には選者の歌人と…

世界で唯一、その塔が見えない場所はどこか

Q. 世界じゅうのどこからでも見える塔があるとする。では、世界で唯一、その塔が見えない場所とはどこか? A. その塔の中。 ……というのはあまりにも有名なクイズで(有名度的には「正直村と嘘つき村」くらい)、ラーメンズの公演「TOWER」を観に行ったときも…

星になってしまった

朝起きたら体じゅうが熱かった。もしかするとタイマーで切れるはずの暖房をつけたまま寝てしまったのか、と身を起こそうとして、初めて視界がぐらぐらすることに気がついた。熱だ。会社に欠勤のメールを打って(退社の話をしたばかりだから気まずいのだけれ…

私はまともな社会人になれなかった。

酔っている。勢いで書く。 23歳。大学を去年卒業した社会人1年目です。会社を辞めるので、その話をします。 12月、自宅に私宛ての茶封筒が届いた。 母親が最初に手にとって、「これあんたの字よね」と言った。言われてみれば宛名や住所の字は紛れもなく私の…