湯葉日記

日記です

【手術レポ】今日、胸の腫瘍をとった。

前回の文章でも触れたとおり、胸に腫瘍が見つかりまして、外科手術を受けることになりました。
……で、さっき手術してきました。

以下、手術レポです。

 



5月13日、午後2時30分。
指定された時間に病院のケアルームに入ると、「お待ちしてました」と看護師さん数名が並んで迎えてくれる。
腰を下ろすやいなや、中でも特にベテランっぽい看護師さんが体温、血圧、酸素濃度を手際よく測ってゆく。
私はなぜかやや熱があったのだけれど、

看護師「平熱高いです?」
私「えっ…わりと…緊張すると熱出すタイプかもしれま」
看護師「(遮って)大丈夫ですね!」

ということで、予定どおりやることに。
血圧を測っているとき、ちょうど担当の手術医の先生がうしろを通られた。

看護師「あっ、今日手術されるのO先生なんですか?」
私「そうです」
看護師「……(小声で)当たりですよ」

心から安堵した。人生で引いた当たりのなかでダントツで嬉しい。

 


午後3時。看護師さんに連れられて、手術室まで歩いてゆく。
大学病院なのでとても広い。「ちょっと上ったり下りたり渡り廊下を渡ったりするので、迷わないようについてきてくださいね」と彼女。

人でごった返していた受付階からエレベーターに乗る。
十何階かでドアが開くと、驚くほどしんとした空間。真っ白い部屋がいくつも並んでいるのが見えた。点滴をつないだ車椅子のおじいさんとすれ違って、急に心臓がどきどきする。
私がびびっているのを察してか、

看護師「怖いですか?」
私「……怖いかも」
看護師「怖いよね。私も胸切るってなったら怖いです」

そう言ってくれて、すこし安心する。

 

 

 

そもそも私がなんの手術を受けるのか、という話をすこしだけ。簡単に言うと「胸を切って、腫瘍を取り除いて、縫って閉じる」手術。

3ヶ月ほど前に見つけた左胸のしこりが検査の結果、葉状腫瘍(ようじょうしゅよう)という厄介な腫瘍だった。ので、とることになった。
良性で、いわゆる乳がんなどではないのだけれど、放っておくととつぜん巨大化して、胸の形が変形したりしてしまう恐れがある腫瘍ということだった。実際に病院で見せてもらった症例写真は、なかなかちょっと目を覆いたくなるようなものだった。

つまり「とらないで経過を見る」みたいな選択肢はハナから無く、「せっかく小さいうちに見つけたのだから、できるだけ早くとりましょう。今から最短だとこの日です」みたいなことになった。
いくつかの検査を経て、あれよあれよと言う間に手術がセッティングされ、今日に至る。
……検診って本当に大切です。この辺の話はまた次に詳しく書く。

 

 

 

手術室の前につく。
受付で自分の名前を言うと、「お入りください」と扉が開いた。

まず、カーテンで仕切られた小さい部屋に入る。指示されたとおり上だけ服を脱いでいると、ぞろぞろと手術着を着た3名の方が入ってきた。

看護師さんが「紹介しますね」と3名を指すと、それぞれ担当を言って頭を下げてくれた。
「医師です」「助手です」「看護師です!」…ちょっとライブみたいで笑う。

3名を見比べながら「なんか手術感湧いてきちゃいました」と言ったら、「こんな仰々しい格好してたらそうですよね。怖くないですからね」と助手の方が頭を下げてくれた。いい人ばっかりだ。

服を脱いで、緑の手術着に袖を通して、髪にシャワーキャップみたいなやつを被る。カーテンの部屋を出て、手術スペースに向かった。

自動ドアが開いて、思わず「うわあ」と言ってしまった。
手術台に、上から照らすライトみたいなやつに、レントゲン写真が貼られたボード。できるだけ見ないようにしたのだけど、メスのセットみたいなやつも思いきり目に入った。何もかもドラマのセットみたいだった。
若い医師の方に「こんなにドラマのまんまなんですね」と言うと、「思った以上ですよね」と返される。

執刀担当のO先生はもう部屋のなかにいて、ニコッと笑って迎えてくれた。

O先生「……あ、音楽なに聞きますか?有線流せるんですけど」
私「えっ有線!?」

ということで、j-popが流れ始めた。手術台の上に仰向けになるやいなや、GLAYが流れる。すごい変な感じ。
ダメもとで「iPod繋いだりできませんよね?」と聞いたら、「あーそれはできないんですよ。ただ、前にラジカセ持ち込んで自分の歌聞いてた演歌歌手の方はいたな。みんな笑いこらえてたなあ」とのこと。

手術台の周りを、先生を入れた4名が囲む。右手を固定され、「覆っていきますね」とひと言声をかけられると、ブルーシートみたいな布で体の上ががさごそし始める。このあたりで視界もシートで遮られ、私からは天井の一部しか見えなくなる。
びびりすぎて「とつぜん切ったりしないですよね?」と聞くと「そしたらびっくりします?」と聞き返された(O先生はわりとこういう冗談を言うタイプの人だったのでちょっと困った)。

 


シートやらテープやらで体が完全に固定されたころ、「よし!」とO先生。「では手術入っていきます、まず消毒からですね」。
左胸が冷たくなった。アルコールが染みる。「細い針で麻酔打ちます、痛いですよー」。怖くて「うわあ」と右を向いた。細い針が肌に触れた。たしかに痛い。「もう一回痛いですよー。」必死に有線に耳を澄ます。SMAP。中居くんパートだった。

目を瞑っていたら、だんだん痛くなくなってきた。「おかわりください」とO先生。おかわりって言うんだ、と思う間もなく、もう1本刺された。けど、痛くない。「痛くないです」と言ったら「よかったー。効いてますね」とO先生が笑う。

メス、と聞こえたような気がしたけれど、別の言い方だったかもしれない。
胸に硬いものが触れた次の瞬間、ジーーッとにぶい音がして、続いて焦げ臭くなった。
「……何か切ってます?」と聞いたのだけれど、さすがにみんな集中していて答えてくれなかった。

時どき、胸が引っ張られる感覚がする。
看護師さんが頭の後ろから、「どう?」と小さい声で聞いてきた。「なんか、思ったより感覚ありますね」と言うと、「キョクマ(局所麻酔)って、触られてるのとかは結構分かるんですよ。鋭い痛みがなかったらヨッシャ、って思っててください」とO先生。
鋭い痛みはなかったので、ヨッシャ、と思うことにした。

ジーーッ、という音と自分の脈の音、そして有線だけがしばらく手術室に響いた。
怖かった。体が震えてしまいそうだったので、「喋っててもいいですか?」と聞いた。O先生が「いいですよー」と言う。
「これ、切られてるときって、なに考えてればいいんですか?」…そう聞くと、「楽しいこと考えましょう」と看護師さん。「手術終わったら今日はもうなに食べてもいいので、晩ごはんのこととかどうですか」とO先生。しばらく私がラーメンの話などをしていると、ジーーッ、の合間にO先生がにこにこ相槌を打ってくれた。プロってすごい。

 


15分くらいそれが続いただろうか。ジーーッの音にも慣れて(B♭だった)、なんなら少し寝そうなくらいリラックスしていると、今までと違う、引っ張られるような感触があった。

「あ、なんかいま」と口に出しかけて、やめた。たぶんいま腫瘍とってるんだろうな、と思った。今回の手術のなかでいちばん重要なシーンだ。黙って有線に耳を傾けていた。

時どきO先生が、助手さんたちに「そこ止めて。ありがと。うん、今度こっち向き」などと声をかけた。
そうすると胸がそれまでと違った方向から固定され、すこしの重みがかかり、全員が10秒くらいのあいだ黙る。
私は緊張していた。脈の音がすごく速くなっているのが聞こえる。助手さんが布のようなもので時どきサッと胸の下を押さえた。ああ止血されてる、と思う。怖い。

どうしよう怖い。右手をぎゅっと強く握ったところで、O先生が「うん!」と言った。「腫瘍とれましたからね。あと縫うだけですから」。
縫うだけ。そう聞いて、初めて泣きそうになった。やっと終わる。

 


……のだけど、異変を感じた。
胸に、チクッ、という感触があるのだ。えっ?と思った。

「先生、なんかいま、刺しました?」そう恐る恐る聞くと、「あ、感覚ありますか?」とO先生。「最初の方の麻酔、そろそろ切れてくるかもしれないですね」。目を瞑る。やっぱりチクッ、がくる。なんなら糸で引っ張られているのもはっきりわかる。「いま縫ってギュッ、ってしましたよね」。「しました」。パチン、という音がする。あっいま糸切った、と思う。

「すこしチクチクするくらいなら大丈夫です、あんまり痛かったら麻酔足すので言ってくださいね。あと2針くらいだから我慢できたら我慢しちゃいましょう」。
そう言われて頭の中で咄嗟に、麻酔の痛みと縫う痛みを天秤にかけた。
……麻酔の方が痛かった、ような気がする。大丈夫です、と答えて、痛みに耐える。
高校の国語便覧に載っていた泉鏡花の「外科室」を思い出す。あの人たちなんか麻酔なしで手術したんだぞ、となぜか自分と「夫人」を比べて元気を出そうとする。

感覚があるので、最後のひと針はもう完全にそうだとわかっていた。
大きめのパチン、が聞こえ、胸から金属が離れると、O先生が「ふう」と言った。ああ終わった、と思った。「お疲れさまでした。終わりましたからね」。そう声をかけられて、体じゅうから力が抜けた。

私も思わず「ふう」と言った。ありがとうございました、という声は上ずっていた。無事に終わった。そう思ったら嬉しくてたまらなかった。にやにやしながら「はあー」などと言って天井を見つめた。

看護師さんが1枚1枚、体からシートを剥がしてくれた。最後の1枚をとると、「えっすっごい汗かいてたんですね大丈夫ですか」と驚いた声を上げられた。
たしかに、サウナのあとみたいに私は汗だくだった。本当に怖かったんだなあ、とそのとき初めて自覚した。

 


ゆっくり起き上がると、みんなもうホッとした顔をしていた。それを見ていたらなんだか私もにこにこしてしまった。
O先生が手袋を外しながら、「あっ、腫瘍、見ます!?」と言った。「えっ、見ます見ます!」。妙にハイテンションで答えると、先生が手のひらくらいの高さの瓶を渡してくれた。

中には、丸いころんとした腫瘍が2つに割れて入っていた。勝手に赤いイメージがあったのだけど、肌色をしたそれは思ったよりもずっとグロテスクでなく、むしろ綺麗だった。
念のため、それがまた検査にかけられることになっている。O先生も瓶をじっと見ていた。「いいやつですよこれは」。先生がそう言うので、私もそれを信じることにした。

カーテンの部屋に戻ると、看護師さんが笑顔で迎えてくれた。看護師さんに腫瘍の瓶を持ってもらって写メを撮った(記念だ)。そして、先生たちにお礼を言って手術室をあとにした。

 



……というわけで、私は元気です。
日帰り手術だったのでもう家にいて、普段どおりの生活をしています。縫い傷はまだ痛むので、寝るのはちょっとだけ怖いけど。
とにかく忘れないうちに手術のことを書きたかったので(なんでだろう?)、こんな形でレポを書きました。検診や症状についてはまた次に書きますね。
とにかく、無事ですという報告に代えて。