湯葉日記

日記です

催眠術がとける日

自分は陽気だ陽気だと言い聞かせていたら最近、ほんとうに陽気みたいな感じになりつつある。
 
去年の夏に会ったのが最後の人と久しぶりに会うことになったとき、あの夏の自分がすごい笑う人だったのかそうじゃなかったのかがいまいち思い出せなくて、レバーを串から外して皿に並べたりしながら20分くらい様子見してしまった。
私たちの席にどこかからとつぜん爪楊枝が飛んできたとき、反射的に爆笑してしまって、そこからはしかたないので腹をくくって陽気の人になった。
その日から3週間くらい経ったのに、依然として陽気でいる。
 
 
 
むかし、たぶん小6のとき、深夜番組に出ていた芸人が「自分、ピーマン好きになる催眠術かかりっぱなしで生きてるんですよ」と言っていてエエッとなった。
その芸人はほんとうはピーマンを口に含むだけで泣いてしまうほどピーマンが苦手なのに、プロの催眠術師に催眠術をかけられたおかげで、それからずっとピーマン好きだと錯覚しているという。
 
聞いた瞬間、めっちゃ怖くて泣いた。催眠というものがそもそもかかりっぱなしで生きていけるものなのだと、できるなら知りたくなかった。
ピーマンだからまだ穏やかだけれど、それが仮に二足歩行ができる催眠術とかだったらどうなるんだろう。
 
何日か経った日の夜、夢のなかにピーマンの芸人が出てきた。
催眠術師にパチンと指をならされた次の瞬間、歩き方がわからなくなって顔から地面に倒れた彼を見て松っちゃんが笑っていた。
 
 
 
ここ数週間、コンビニのレジで「アッ……箸イラナッ…ス…」とか言ってないし、お酒がなくても人と喋れている。
えっ怖と思う。
たぶんまたすぐにどこかで無理スイッチが入って無理になると思うのだけど、仮にこれ、半年とか1年そうならないままだったらどうなるんだろう。
「乗り越えた人」みたいな顔してむかしのこととか喋るんだろうか。想像するとおぞましい。
 
 
いちど泳げるようになったらずっと泳げるとか、いちど働けたらずっと働けるとか、わりと嘘だと思う。
対岸にさえ着いてしまえばもうこちら岸に用はないみたいな顔してる人たち、みんな怖くないのかすごく不思議だ。
 
不意に大きめの「パチン」がきて、生というばかげた催眠術がとける日のことをずっと考えている。
ずっとその予行演習をしている。顔から倒れないように。