湯葉日記

日記です

亀のいる家

実家の匂いというものに初めて気づいた。1ヶ月ぶりに帰ったら、小学校のときに友達の家の玄関で感じたようなビミョーな違和感があって、靴を脱ぎ終えて初めて「あ、これがこのうちの匂いだったのか」と気づいた。手を洗ったり夫と話したりしていたら違和感は…

「iPhoneやばいですね」

酔って落としたり踏んづけたりを繰り返していたらiPhoneの画面がいよいよバキバキに割れ、電話中に突如音量がめちゃくちゃになったり、画面の灯りが一日中消えず夜その明るさでうなされたりするようになってしまった。 半年に1度くらいのペースで訪れている…

創作のエネルギーとしての「不幸」や「病気」について

「傷つくことでしか創作できないやつには才能がない、ってボブ・ディランが言ってたよ」 大学2年の春、同じ専攻だったIちゃんが私に言った。 帰り道だった。脚本やキャッチコピーの授業を受けていた頃で、Iちゃんと私は、文章を書くときに何が強いモチベーシ…

彼氏が私を口説いた店3選

ここ一年で印象的だったデートを振り返ろうとしたら飲み食いしたもののことばかり書きたくなってしまい、図らずも「酒呑みカップルにおすすめの店3選」的記事になってしまった。せっかくなのでそのままの(ニュアンスの)タイトルで公開します。 【赤羽】丸…

マジックミラー

新居の部屋のクローゼットの扉はセンターラインを引いたみたいに天井から床までが鏡張りになっていて、朝、その前で胡座をかいてメイクをしていたら、むかしマジックミラーのある店でバイトをしたことがあるのを思い出した。 2回ある。 1度目は大学4年生だっ…

詩とバスマット

私がかつて想像した25歳の私はひとりだった。 結婚も特定の相手との交際もしておらず、友達は少なく、都内に独り暮らししていて、時どき演劇や食事のために外出する。 そういうことになる予定だった。 高1のときにミクシィを通じて舞台のチケットを譲ってく…

真夜中に浴衣を洗う

亡くなった祖母の部屋に入るのは久しぶりだった。物置と化した和室には仏壇とふたつの大きな箪笥、古い姿見などが並んでいて真夏でもやけにうすら寒く、昔からそこは夜ひとりで入るにはすこし怖い部屋だった。 箪笥の引き出しを1段ずつ開けながら「もしかし…

のどぐろとプール

夜行バスを下りると朝だった。にやにやしながら「ここはもしかして金沢なのではないか」と言うと、同行者も「オッもしかして金沢なのではないか」と乗ってくれたので、幾度もそれを繰り返す。飽きるまでやろうと思っていたが、彼が「まだテンションがそこま…

旅行記その0

夜行バスの中でこれを書いている。旅行に、と言われていくつか候補を出し合っていたら、そういえば私は7年くらいにわたって金沢に行きたかったのだと思い出した。なので金沢、と言った。 高校のころ、ロクにしなかった受験勉強の合間にも日記だけは律儀につ…

残るのは言葉だけだ

このところ何もかもがだめだった。部屋の外に出るのが億劫でたまらなくて、自分宛ての公共料金のハガキののりを剥がすのすら怖かった。 気分を強制的に変えようと湘南乃風を聴いてみたけれど、「マジで最高 心解放」という歌詞でさらにもうだめになってしま…

ラッキーカラー屋さん

教祖様だったんです僕、とトガワくんは言った。え、きみが? と聞くと「僕以外にも10人くらい。本物は1人なんですけど」とにこにこ笑う。 地下鉄を待つあいだ、トガワくんはこれまでの職歴について淀みなく語ってくれた。中卒だという彼は、16からの何年かを…

森を歩く

バスがお城みたいなラブホテルの横を通り過ぎて、東京を出たという実感がようやく湧いた。20分前にマックで買ったホットアップルパイはもう冷めていて、冷めたマックの食べ物ほどまずいものはないよなと考えていたら、隣に座る同行者も「冷めたホットアップ…

いつか忘れてしまっても

熱を出すたびに思い出すことがある。 それは1997年の夏の日で、私は幼稚園の先生の膝に頭を乗せて寝ている。カトリックの幼稚園だったから先生たちの半分くらいはシスターで、ひめゆり組のR先生もそうだった。 教室の窓からは園庭で走り回る子どもたちが見え…

自分の香りを見つけた話

ハタチのころ、よくつけていた香水があった。高校を卒業するときにデパートのカウンターで(背伸びをして)買ったそれはフリージアとスズランの香りで、ひと吹きして出かけると、会った友達みんなに「いい匂いがする」と言われた。嫌味のない、さわやかな香…

チェロを作った夜のこと

17歳の私は池袋のロフトで買ったペーパークラフトを熱心に組み立てていた。制服のセーターは脱ぎかけのまま、リビングの床に新聞紙を広げて。その上には50ほどのパーツが古道具屋みたいに所狭しと並んでいた。風呂上がりの父が部屋に入ってくると、ドアが起…

三日月を知らない子ども

仕事帰り、駅までの道を歩く。職場からほど近いビアガーデンの解体作業が始まっていた。天井やカウンターや大きなビールのモニュメントなど、見慣れた景色がすべてばらばらになってゆくのをしばらく立ち止まって見ていた。そのさまはまるで夏の閉会宣言だっ…

嫌いと言わせてくれ

武田百合子という随筆家がいる。作家・武田泰淳の妻で、寡作ではあったけれど根強いファンの多い人だ。 私もそのひとりで、彼女のエッセイをたびたび読み返す。たとえば、ロシア滞在記「犬が星見た」の中のこんな一節。 (寺院にあった石像を見て)「簡単な…

私とスポーツ

神宮球場で野球のナイターを見てきた。予報だと夜は雨がぱらつくとのことだったのだけど、快晴(私は柄でもなく晴れ女なのだ)。ヤクルトに点が入ると客席じゅうにカラフルな傘が広がる。その様がなかなかに美しかった。球場は終始むせそうに暑くて、バック…

私が亀について語るときに語ること

このところ人にあまり会いたくなくて、飼っている亀とばかり話していた。 それは手術したことなどとはさして関係なく(症状や検診についてまた詳しく書くと言ったけれど、あした術後の検査を受けたら今回の件が一段落するのでそのあとにしますね)、単に仕事…

【手術レポ】今日、胸の腫瘍をとった。

前回の文章でも触れたとおり、胸に腫瘍が見つかりまして、外科手術を受けることになりました。……で、さっき手術してきました。 以下、手術レポです。 5月13日、午後2時30分。指定された時間に病院のケアルームに入ると、「お待ちしてました」と看護師さん数…

残り全部バケーション

ウソみたいな本当の話をする。 私の父は7人きょうだいの下から2番目で、彼の実家はちいさな神社だった。らしい。らしい、というのは私が神社だった実家を見たことがないからで、それはなぜかと言うと、気の強いいちばん上のお姉さんが若いときにぶっ壊してし…

「俺の靴どこ」

「俺の靴どこ」が最後の言葉ってお母さんは折れそうに笑って 好きな短歌だ。好きなのだけど、読むたびに胸の奥が、ぎゅうぎゅうと痛くなる。「折れそうに」笑うその母親の顔と、おそらくその日に還らぬ人となってしまったであろう息子のぶっきらぼうな声を想…

東京の人って、

1度だけ、東京タワーにひとりで登ったことがある。曇りで、平日で、私は大学4年生だった。 その日の東京タワーは恐ろしく空いていて、客よりもスタッフのほうが多いんじゃないかってレベルだった。受付やらエレベーターガールやら土産物屋のひとも、みんなど…

「美しい物を見ろ」

土曜日。雪の予報。友人と「NHK短歌大会」の観覧に。客席の年齢層はだいたい我々プラス50歳くらいで、全体的にあんかけみたいなとろりとした空気。妙に居心地がよかった。 一般の人の応募作品の中から大賞を決める大会。なので、ステージ上には選者の歌人と…

世界で唯一、その塔が見えない場所はどこか

Q. 世界じゅうのどこからでも見える塔があるとする。では、世界で唯一、その塔が見えない場所とはどこか? A. その塔の中。 ……というのはあまりにも有名なクイズで(有名度的には「正直村と嘘つき村」くらい)、ラーメンズの公演「TOWER」を観に行ったときも…

星になってしまった

朝起きたら体じゅうが熱かった。もしかするとタイマーで切れるはずの暖房をつけたまま寝てしまったのか、と身を起こそうとして、初めて視界がぐらぐらすることに気がついた。熱だ。会社に欠勤のメールを打って(退社の話をしたばかりだから気まずいのだけれ…

私はまともな社会人になれなかった。

酔っている。勢いで書く。 23歳。大学を去年卒業した社会人1年目です。会社を辞めるので、その話をします。 12月、自宅に私宛ての茶封筒が届いた。 母親が最初に手にとって、「これあんたの字よね」と言った。言われてみれば宛名や住所の字は紛れもなく私の…